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自衛隊情報保全隊事件判決

間接侵略という言葉をご存知でしょうか。
国内において外国の関与の下に起こされる反乱、内戦、革命などのことですが、
要するに外国による反乱分子の扇動のことを言います。
有名なのは明石元二郎の日露戦争における活動でしょう。
明石大佐(当時)は、日露戦争中に参謀本部から百万円(今の400億円以上に
相当する金額)の工作資金を支給され、その金をロシア帝国の反政府組織の
活動資金としてばら撒きました。
その結果、ストライキ、サポタージュ、武力蜂起等がロシア各地で起き、
ロシアが戦争を続けることが難しくなっていったとされています。

明石大佐のこのような活動は、諜報活動と呼ばれますが、諜報活動は、当然のことながら、
現在も各国において行われています。
諜報活動を行っている機関として有名なのは、アメリカのCIA、ロシアのSVR、
イギリスのSISなどです。
CIAはハリウッド映画の中でよく出てきますので、みなさんもご存知でしょう。
SVRはかつてKGBと呼ばれていた機関の一部です。
SISはジェームズ・ボンドの所属機関ですね。

当然のことながら、諜報活動に対抗する活動も行われています。
防諜活動と呼ばれるものです。
具体的には、合法、非合法に情報を収集し、監視を行います。
防諜機関として有名なのは、アメリカのFBI、ロシアのFSBなどです。
日本でも警察庁警備局などが防諜活動を行っているとされます。

防諜活動は、国内を中心として行われますから、どうしても、
国民の人権と衝突する場面が出てきます。
そこで、防諜活動に関しては、国民の人権との関係でどこまで許されるのか
ということが常に問題となります。
特に自由主義を掲げる民主主義国家においては、重大な問題となります。
日本においても、神奈川県警が日本共産党国際部長宅の電話通信を盗聴していたことが
1986年11月に発覚し、事件となったことがあります。

最近では、自衛隊情報保全隊(当時陸上自衛隊情報保全隊)が市民を監視していたことについて、
違法性を認め、30万円の支払いを命じる判決が、仙台地方裁判所において、
平成24年3月26日に言い渡されました。
情報保全という言葉は見慣れない言葉ですが、Intelligence Security、
Counter-Intelligenceの和訳とされています。
要するに防諜のことですから、情報保全隊というのは、自衛隊組織内の防諜機関
ということになります。

国家を防衛するために個人の人権をどこまで制約することが許されるかという大きな話です。
「公共の福祉」と「人権」という憲法上の重大問題でもあります。
ですから、どのような判断を仙台地方裁判所がしたのか、興味をもって、
判決文を読んでみました。
ところが、読んでみてがっかり。
裁判所は次のとおり判断しています。

「情報保全隊が前記2(2)のような個人情報を収集して保有した
ことに関し,行政上の目的,必要性その他の適法性を基礎付ける具体的な事
由(換言すれば,上記各原告がこれを甘受すべき根拠となる具体的な事由)
が存在するか否かを判断するに,被告は,上記各原告に対する情報収集等に
ついて,目的,必要性その他の適法性を基礎付ける具体的な事由を何ら主張
せず,ただ,情報保全隊の組織規範及び一般的な情報保全業務に関する主張
をするに止まる。
確かに,行政機関がする情報収集等につき一律に個々の法律上の明文規定
が必要とまでは解されないが,組織規範は,情報収集等が可能な範囲を画す
るものにすぎず,積極的に情報収集等の目的,必要性等を基礎付けるもので
はないから,情報収集等の目的,必要性等に関して被告から何ら具体的な主
張のない本件においては,原告らが適法性を否定する事情として種々主張す
る事実の存否等について判断するまでもなく,前記各原告につき情報保全隊
がした情報収集等は,違法とみるほかない。」

突っ込んだ議論は全然なされていません。
政治の場ですらきちんとした議論がなされていないのですから、
当然のことかもしれませんが、残念です。
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訴訟大国化しつつある中国

今朝の日本経済新聞の報道によれば、中国における知財訴訟事件の件数が
2011年1~10月だけで5万件を超えたそうです。
これは日本の年間受理件数の100倍近くになると日経は伝えています。

JETRO北京センター知的財産権部が2010年5月に発表した
「中国司法制度における知的財産権分野の「三審合一」に関する調査報告書」
見ると、件数は次のようなペースで増加してきました。

2001年 5265件
2005年 13424件
2008年 24406件
2009年 30626件

ところで、中国には弁護士は何人いるのでしょうか。
日本の弁護士に当たるのは、国家統一司法試験を受けて弁護士資格を取得し、
弁護士執業証書を取得した執業律師と呼ばれる人たちだと思われます。
この執業律師の人数は、次のように増加してきました。

2005年末 11.8万人
2006年末 13万人
2009年末 16.6万人
そして、昨年にはついに20万人を突破したそうです。

年間の訴訟件数も200万件を超えているようです。
日本の弁護士数は約3万人、平成22年の通常訴訟の新受件数は約22万件でした。
人口比で考えてみても、日本に追いついてきていることがわかります。
そして、知財訴訟に関しては、日本をはるかに上回る件数の訴訟が起きているわけです。
中国ではすべてが人間関係、政治で決まるという昔の考えで中国関係のビジネスを行っていると
火傷するかもしれません。

画面デザインと意匠法

知的財産研究所から、平成23年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書として、
「デジタル社会におけるデザイン保護に即した意匠制度の在り方に関する調査研究報告書」
発表されています。

画面デザインやアイコンのようなものの経済的重要性が増してきたので、
意匠法を改正して保護範囲を拡大すべきか検討したということのようです。

意匠法2条の1項と2項を見ると次のようになっています。

第二条  この法律で「意匠」とは、物品(物品の部分を含む。第八条を除き、以下同じ。)の
形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。
2  前項において、物品の部分の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合には、
物品の操作(当該物品がその機能を発揮できる状態にするために行われるものに限る。)の
用に供される画像であつて、当該物品又はこれと一体として用いられる物品に
表示されるものが含まれるものとする。

なるほど、物品を離れた画面デザインやアイコン画像自体は「意匠」には当たらないようです。
ですから、例えばパソコンのソフトの画像デザインは現行の意匠法では保護されません。
物品であるパソコンと結びついていないからです。

ただ、物品から独立に画像デザインやアイコン画像そのものを意匠法で保護することにした場合、
デザイン事務所等が大量にデザインを権利化しようとすることが想定されます。
あまりにも大量な出願がなされるようであると、事務作業自体煩雑ですし、
新たな意匠の創作にあたって、大量の登録意匠を調査しなければならないことになれば、
むしろ「意匠の創作を奨励」するという意匠法の目的に反してしまいます。

そこで、そこまでは行かない方法で画像デザイン等の保護を充実させることを検討するのが
良いのではないかという話になってきているようです。

日本経済新聞の報道では、30日に予定する産業構造審議会(経済産業相の
諮問機関)の知的財産政策部会で議論に着手し、2012年度内に結論を出すと
されています。
どういう結論になるのでしょうか。

ものすごい勢いで縮みゆく日本

本日の日本経済新聞の1面トップは、台湾企業
鴻海精密工業が、シャープの株式を約10%取得するとともに
シャープの堺工場を運営する子会社に対しても約46%を出資する
ことになったというニュースでした。
7~8年ほど前には亀山工場で世界最高品質とも言われた
液晶テレビを生産し、2007年には総額1兆円を投じて堺工場を建設することを
決定したシャープが、台湾企業に助けを求める事態になったわけです。
2006年の時点では、シャープの売上も鴻海精密工業の売上も3兆円弱と同程度でした。
しかし、その後シャープの売上が伸びなかったのに対して、鴻海精密工業の
売上は急成長します。
今では、鴻海精密工業の売上高は10兆円弱、中国の巨大工場群では約100万人が
働き、iPhoneやiPadを大量生産しています。
この成長力の差が如実に表れているのが、両社の株式時価総額です。
日本経済新聞11面から引用します。

アジアの主要電機メーカーの株式時価総額

サムスン電子(韓国)    1,857億ドル
台湾積体電路製造(台湾)  750億ドル
鴻海精密工業(台湾)     389億ドル
パナソニック(日本)      229億ドル
ソニー(日本)          211億ドル
SKハイニックス(韓国)    185億ドル
LG電子(韓国)         123億ドル
シャープ(日本)         66億ドル

さて、この表をみて改めて驚くのは、台湾や韓国の電機メーカーの
株式時価総額です。
1988年のソウルオリンピックの頃にサムスン電子の社長が、10年以内に
ソニーを抜くと宣言したとき、日本人は冷笑していました。
ところが、株式時価総額で見ればサムスンはソニーの8倍になっているのです。
あらためて東アジア経済の急成長ぶりを感じさせられます。

ついでに、他の産業についても東アジア地域の
主要な会社の株式時価総額を調べてみました。

銀行
中国工商銀行(中国)         194,300億円
中国銀行(中国)            120,926億円
三菱UFJフィナンシャルグループ  60,180億円
三井住友フィナンシャルグループ  39,830億円

通信
中国移動(中国)            176,985億円
NTTドコモ(日本)            61,671億円

電力
中国長江電力(中国)         15,148億円
韓国電力公社(韓国)         10,641億円
東京電力(日本)             3,384億円

重工業
現代重工業(韓国)           17,669億円
三菱重工業(日本)           13,565億円

製鉄
ポスコ(韓国)               24,128億円
新日本製鐵(日本)           15,680億円

化学
中国石油化工(中国)          88,896億円
LG化学(韓国)              16,753億円
三菱ケミカルホールディングス(日本) 6,555億円

ネットサービス
百度(中国)                41,736億円
グリー(日本)                4,903億円

様々な産業分野において、日本を代表する巨大企業を
株式時価総額ベースでは上回る企業が東アジア各国に
出現していたのです。

それも日本のGDPが世界経済において占める割合の変化を
考えれば、当然のことと思えます。
総務省統計局作成の「世界の統計2012年」から、米ドル表示の
名目GDPを取りだして、日本のGDPの世界におけるシェアの変化を
見てみると、次のとおりとなります。

1985年 10.62%
1990年 13.86%
1995年 17.84%
2000年 14.65%
2005年 10.01%
2008年  7.94%
2009年  8.70%
2010年  8.73%

このように、ピーク時には世界経済の約18%を占めていた日本経済は、
今や9%を割り込むほどの大きさに縮んでしまいました。
日本経済全体が相対的に縮んでいるのですから、国内市場を
主とする企業が成長できるはずがありません。
円安になれば輸出がしやすくなる、そうなれば日本のメーカーが
復活するのではないか、生産拠点が日本に戻ってくるのではないか
といった話をまた聞くようになりました。
しかし、それはこの世界経済の大きな流れを見ていない発言だと思います。
円安に救いを求めるのではなく、この東アジアの大発展に積極的に
参加していく企業だけが、今後成長していくのではないでしょうか。

スーパーマリオ高齢労働者の首を刎ねる?イタリア労働法改正

IMFの監視下に置かれたイタリアの話題です。
経済学者マリオ・モンティ氏が昨年選挙によらずしてイタリアの首相になったと
思ったら、さっそく増税、予算削減に乗り出して話題になっていました。
今度は、世論の反対を押し切って、イタリアの労働法を改正しようとして、
一騒動になっています。

イタリアの労働法は、正当な理由なき解雇を禁止しており、正当な理由のない
解雇があった場合には、事業所の規模に応じて次のように扱うと定めているようです。
(ネットで拾ってきた情報なので正確かどうかは不明ですが)

15人以上の従業員が存在する事業所:
職場復帰+5カ月の給与相当以上の賠償金の支払
または
従業員が職場復帰を望まない場合には、15カ月の給与相当分以上の賠償金の支払

15人未満の従業員が存在する事業所:
2.5~6ヶ月の給与相当の賠償金の支払

それに対して改正案は、職場復帰の義務をなくし、15~27カ月の給与相当の
補償金を支払えば良いこととするという内容になっているようです。

実質、上記補償金さえ支払えば、労働者を理由なく解雇できるようになるということで、
改正案が法律として成立し、施行されると、高給高齢の労働者は解雇され、代わりに若者が
雇われることになるだろうと予想されています。
イタリアの若年者の失業率は30%ということですから、解雇しても代わりは
いくらでもいるというところでしょうか。

ところで、労働者を保護すればするほど失業率が上がることは統計上明らかであると
言われることが多いのですが、逆に労働者保護の水準を下げた場合にどの程度
失業率が下がるのか、国民全体の利益になるのかと言えば、やってみなければ
分からないというのが本当のところだと思います。
規制を緩和しさえすれば、資源配分、所得分配が望ましい方向に行くというほど、
制度と経済の関係は、単純ではないからです。

このようにIMF管理下で経済学者が経済理論優先で労働市場の規制を
緩和させようとしているわけですが、その結果が全体として良いものになるかどうかは
分かりません。
しかし、そうではあっても、今後の日本の労働法改正の動向には影響しそうです。

日本の現行法は、次のように定めています。

「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、
いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、
解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」(民法627条1項)
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、
その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労働契約法16条)

期間の定めのない雇用について、いつでも解雇できるとしつつ、
解雇権濫用に当たる場合には、解雇は無効となるとしているわけです。
客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない
場合には、解雇権を濫用したことになりますので、解雇について、
実質的には正当な理由の存在を要求しているとも言われています。

また、解雇権濫用に当たるケースでも、和解によって紛争を解決できる場合には、
和解金の支払いと引き換えに一定時点において退職したことにすることが
可能ではあります。
しかし、法令上は、解雇は無効とされていますから、判決や審判に至って
しまった場合には、従業員たる地位の存在が確認されることになります。
賠償金の支払と引き換えに解雇を有効とする制度は用意されていません。
制度としては、イタリアの現行法に近い制度となっているわけです。

そこで、従来より、解雇権濫用に当たる場合にも、解雇を無効とするのではなく、
賠償金の支払を義務付けるに止めるよう法律を改正すべきだという意見がありました。
要するに今回のイタリアの改正案と同様の改正を求める声があったのです。

イタリアの今後がどうなるのかはわかりませんが、失業率の低下、
経済成長等が見られた場合、日本においても同様の改正を求める声が
高まることは必至であると思われます。
でも、どうなるんですかね、イタリア。

裏切りの証拠を見つけろ―コンピュータ・フォレンジック

「ウチの娘がやったっていう証拠は!?」(羽海野チカ「3月のライオン」7巻)

訴訟に勝つには、証拠が必要です。
そのために弁護士は興信所に調査を依頼したりします。
ただ、最近重要になってきている証拠は、コンピュータ上の記録です。
組織の活動の記録のほとんどはコンピュータに記録されるように
なったからです。
そのため、従来の興信所では、十分な調査は行えなくなっています。

最近の例で言えば、オリンパス事件における第三者委員会の調査では、
コンピュータから収集した資料を大量に用いています。
その収集に当って用いられた方法が、コンピュータ・フォレンジック又は
デジタル・フォレンジックと呼ばれるものです。

正確に言うと、コンピュータ・フォレンジックというのは、訴訟手続きに適用できるように
デジタル証拠を識別し、保存し、分析し、提示するプロセスであるとされます。
具体的には専用ツールを用いて、データの完全な複製を作成し、その複製データから
情報を取り出し、分析して、レポートを作成することになります。
コンピュータ・フォレンジックという方法によって、どこまでのことができるかは、
たとえば、Michael G. Solomon他「コンピュータ・フォレンジック完全辞典」を
読めばわかります。
実は、コンピュータには大量のログが残されていて、読む方法を知っている人であれば
読むことができる大量の記録が残されているのです。
また、普通にデータを削除しただけであれば、専用ツールがあれば、そのデータを
復元することができます。
たとえば、オリンパス事件では、FTK Imager Lite、EnCase Forensic及びForensic Toolkitと
呼ばれるツールを用いて、PC、ファイルサーバ、メールサーバからデータを収集し、複製を
作成していますが、その際消去されていたはずのデータの一部も復元しています。

ところで、転職が当たり前になってくると、従業員によるデータの不当な持ち出し、流出という
場面も増えてくるように思います。
その場合、そのことを立証するのは、コンピュータ・フォレンジックの技術なくしては
難しいと思われます。
その他の背任の証拠集めについても、同様でしょう。
コンピュータ・フォレンジックの実際の作業は専門の業者に依頼することになります。
しかし、コンピュータ・フォレンジックがどのようなものかをまったく知らなければ、
依頼することすらできません。
その意味で、弁護士・法務部員であるならば、コンピュータ・フォレンジックが
どのようなものであるか程度のことは、必ず理解しておかなければならない時代に
なってきたと思われます。


デジタル訴訟の最先端から学ぶコンピュータ・フォレンジック完全辞典

隣の邪悪さん

やっと落ち着いてきましたが、春になると他人に聞こえない音が聞こえてくる人が
近所に住んでいて、夜中に叫んだりするので困ります。
まあ、統合失調症の発病率は約1%だそうですから、極めてありふれた光景なのかもしれませんけどね。

さて、今日はM・スコット・ペック「平気でうそをつく人たち」を読みました。
平気でうそをつく邪悪な人たちのことを描いた本です。
具体的にどういう人たちかと言うと、次のような人たちです。引用します。

「真に邪悪な人間とはごくありふれた人間であり、通常は、表面的に観察するかぎりでは
普通の人間のように見えるものである。」

「邪悪な人たちの特性となっているのは、本質的には、そうした人たちの罪悪そのものではない。
彼らの罪悪の名状しがたさ、その持続性、そしてその一貫性である。これは、邪悪な人たちの
中核的な欠陥が罪悪そのものにあるのではなく、自分の罪悪を認めることを拒否することに
あるからである。」

「邪悪な人間は、自分には欠点がないと深く信じこんでいるために、世の中の人と衝突したときには、
きまって、世の中の人たちが間違っているためそうした衝突が起こるのだと考える。」

「私が邪悪のらく印を押した人たちは、慢性的に他人をスケープゴートにする人たちである。
前著「愛と心理療法」のなかで私は、悪とは「……精神的な成長を回避するために政治的な力を
行使すること―すなわち、あからさまな、または隠された強圧をもって自分の意志を他人に
押しつけること」であると定義した。言い換えるならば、邪悪な人間は、自分自身の欠陥を
直視するかわりに他人を攻撃する。」

「邪悪な人たちは、悪を破壊するために破壊的になることが多い。問題は、彼らがその悪の所在を
見誤っていることである。自分自身のなかにある病を破壊すべきであるにもかかわらず、彼らは
他人を破壊しようとする。そのため彼らは―通常は正義の名のもとに―生命を憎み、生命を
破壊することに専念することが多い。」

著者は、こういった邪悪な人たちを自己愛性パーソナリティ障害の変種であるとしつつ、
そういった人たちには次のような特徴があると整理しています。

・定常的な破壊的、責任転嫁的行動。ただしこれは、多くの場合、きわめて隠微なかたちをとる。
・通常は表面に現れないが、批判その他のかたちで加えられる自己愛の損傷にたいして
過剰な拒否反応を示す。
・立派な体面や自己像に強い関心をいだく。これはライフスタイルの安定に貢献しているものであるが、
一方ではこれが、憎しみの感情あるいは執念深い報復的動機を隠す見せかけにも貢献している。
・知的な偏屈性。これには、ストレスを受けたときの経度の統合失調症的思考の混乱が伴う。

著者のいう邪悪な人々は、病的な人々であり、例外的な人々です。
ですから、近づくのを避ければいいだけのようにも思われます。
しかし、著者は、邪悪ではない個人が集団になると容易に邪悪になる傾向があるとも警告しています。
「集団のなかの個人の役割が専門化しているときには、つねに、個人の道徳的責任が
集団の他の部分に転嫁される可能性があり、また、転嫁されがちである。そうしたかたちで
個人が自分の良心を捨て去るだけでなく、集団全体の良心が分散、希釈化され、良心が
存在しないも同然の状態となる。」からだと言うのです。
著者はその具体例として、ベトナム戦争中におけるソンミ村事件を取り上げています。
そして、虐殺事件を起こしたバーカー任務部隊だけでなく、軍隊をベトナムに送り込んだ政府、
ひいてはアメリカ国民全体の邪悪さを指摘しています。
この点においては、我々も無縁ではいられませんし、無関心ではいられません。
一例を挙げれば、東京電力を悪の帝国のように表現する論調を最近数多く見かけますが、
そこで働いている人たちは、個人としてみれば、真面目なサラリーマンのはずです。
また、原子力発電を選択してきたのは、最終的には我々国民です。

何か事件が起きると、その事件の当事者を悪と決め付けて徹底的に叩くのが
現代社会の特徴ですが、著者は次のとおり述べています。

「邪悪な人間の特性として、他人を道徳的に邪悪であると批判することがあげられる。
自身の不完全性を認識できないこうした人間は、他人を非難することによって
自分の欠陥の言い逃れをせざるをえない。また、必要とあれば正義の名において
他人を破滅させることすらこうした人間はする。これは、聖徒迫害、宗教裁判、
ナチのユダヤ人大量虐殺、ベトナム・ソンミ村事件といったものにその例を
見ることができるものである。われわれが他人を悪ときめつけるときには、
われわれ自身が別の悪を犯しているかもしれない、ということを十分意識する
必要がある。」

自分自身も容易に邪悪になりえる。
私は、この本からそのことを教わりました。


文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

ステルス・マーケティングにご用心

ステルス・マーケティングという言葉をご存知ですか?
消費者に宣伝と気づかれないようにして宣伝することです。
ネット上では、「ステマ」という略称の方を良く目にします。
例えば、食べログのような口コミサイトに評価対象となっている業者自身が
高評価レビュー記事を匿名で書きこんだり、影響力のあるブロガーに自社商品・サービスを
推奨する記事をブログに書いてもらうことなんかが、ステマの代表例でしょう。
友里征耶「グルメの真実」によれば、料理評論家の一部は、
飲食店からタダで料理を提供してもらっているそうです。
こういうのもステマに当たりそうです。

いまさらなぜステマの話題なのかと言えば、ビジネス法務5月号に
「ステルス・マーケティングの米国法規制」という記事が掲載されていたからです。
その記事によると、米国では、ステルス・マーケティングは、
Federal Trade Commission Actによって規制されているそうです。
記事で紹介されているガイドラインの一部を引用します。

§ 255.5 Disclosure of material connections.
When there exists a connection between the endorser and the seller
of the advertised product that might materially affect the weight
or credibility of the endorsement (i.e., the connection is not
reasonably expected by the audience), such connection must be fully
disclosed.
For example, when an endorser who appears in a television commercial
is neither represented in the advertisement as an expert nor
is known to a significant portion of the viewing public, then the
advertiser should clearly and conspicuously disclose either
the payment or promise of compensation prior to and in exchange for
the endorsement or the fact that the endorser knew or had reason
to know or to believe that if the endorsement favored the advertised
product some benefit, such as an appearance on television, would be
extended to the endorser.
Additional guidance, including guidance concerning endorsements
made through other media, is provided by the examples below.

Example 7: A college student who has earned a reputation as a video game expert
maintains a personal weblog or “blog” where he posts entries about his gaming
experiences. Readers of his blog frequently seek his opinions about video game hardware
and software. As it has done in the past, the manufacturer of a newly released video game
system sends the student a free copy of the system and asks him to write about it on his
blog. He tests the new gaming system and writes a favorable review. Because his review is
disseminated via a form of consumer-generated media in which his relationship to the
advertiser is not inherently obvious, readers are unlikely to know that he has received the
video game system free of charge in exchange for his review of the product, and given the
value of the video game system, this fact likely would materially affect the credibility they
attach to his endorsement. Accordingly, the blogger should clearly and conspicuously
disclose that he received the gaming system free of charge. The manufacturer should
advise him at the time it provides the gaming system that this connection should be
disclosed, and it should have procedures in place to try to monitor his postings for
compliance.

正確な紹介は、ビジネス法務5月号の記事に譲るとして、
要するに、ブロガーが報酬をもらって、商品を褒める記事をブログに
書いたりするような場合には、報酬(たとえばその商品をタダで
もらったこと等)をもらっていることを十分開示しておかなければ
ならないということですね。

では、日本ではステマは規制されているのでしょうか。
上記記事は、「昨年10月、消費者庁は、このような宣伝方法についても
景品表示法によって規制されうると発表した。」としています。
これを手掛かりに探してみます。
どうやら「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する
景品表示法上の問題点及び留意事項」
というのが、その発表に
当たりそうです。
「口コミサイト」という箇所が、ステマに関係するものですね。
その一部を引用します。

「ブログ等、個人(有名、無名を問わない。以下、ブログを運営する者を「ブロガー」と
いう。)が情報を提供するウェブサイトにおいても、ブロガーの「おすすめ商品」等に関
する情報提供が行われることがあり、こうしたブログなども口コミサイトの一つに数える
ことができる。
ブログについては、特に芸能人等有名人のブロガーによるブログにおいて、「おすすめ
商品」等に関する記事が掲載されることが多くなっている。
ブロガーにブログサービスを提供している事業者(以下「ブログ事業者」という。)の
一部には、商品・サービスの広告宣伝を依頼する事業者(以下「広告主」という。)に対
して、ブロガーによる記事執筆を手段とした商品・サービスのプロモーションサービスを
提供しているものがある。ここでは、ブログ事業者は、広告主との契約に基づき、ブロガー
に対して当該商品・サービスを提供し、ブロガーは提供された商品・サービスを使用した
感想等を含む紹介記事をブログに掲載する。それら紹介記事には、紹介された商品・サー
ビスを販売するインターネットサイトへのリンクが設けられていることが多い。」

消費者庁が問題点を把握していることが読みとれます。
続いて引用します。

「口コミサイトに掲載された口コミ情報は、インターネット上のサービスが一般に普及する
に従い、消費者が商品・サービスを選択する際に参考とする情報として影響力を増してきて
いると考えられる。
口コミサイトに掲載される情報は、一般的には、口コミの対象となる商品・サービスを現
に購入したり利用したりしている消費者や、当該商品・サービスの購入・利用を検討してい
る消費者によって書き込まれていると考えられる。これを前提とすれば、消費者は口コミ情
報の対象となる商品・サービスを自ら供給する者ではないので、消費者による口コミ情報は
景品表示法で定義される「表示」には該当せず、したがって、景品表示法上の問題が生じる
ことはない。
ただし、商品・サービスを提供する事業者が、顧客を誘引する手段として、口コミサイト
に口コミ情報を自ら掲載し、又は第三者に依頼して掲載させ、当該「口コミ」情報が、当該
事業者の商品・サービスの内容又は取引条件について、実際のもの又は競争事業者に係るも
のよりも著しく優良又は有利であると一般消費者に誤認されるものである場合には、景品表
示法上の不当表示として問題となる。」

え?
そういう話?
消費者による口コミ情報は原則としては優良誤認表示に当たらないが、
事業者自身が表示をしたと同視できる事情があるときには、優良誤認表示に
当たる場合があるって、そんな当たり前の話で終わり?
ステルス・マーケティングが問題視されているのは、そこじゃないのでは?

営業トーク、オーバートークという言葉がある通り、営業活動、宣伝活動においては
多少の誇張表現があることは当り前のことです。
受け手側も承知の上で、あらかじめ割り引いた上で、売り文句を聞いたり、読んだりしますから、
通常は問題になりません。
景品表示法も、以下のとおり、「著しく」、「不当に」という言葉で優良誤認表示となる
場合を限定しています。

「商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも
著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは
役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、
不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれが
あると認められるもの」

ところが、ステマの場合には、商品・サービスの提供者である事業者とは
利害関係のないように見える第三者(ブロガー)が、その商品・サービスを
推奨するわけです。
この場合には、消費者は話を割り引いて聞くという態度を取ることが難しくなり、
話を鵜呑みにしかねません。
「著しく」とは言えない程度の誇張であるために優良誤認表示には当たらない場合であったとしても、
後から実はそのブロガーが事業者から報酬を得ていたと聞けば、消費者は、
”騙された”と感じると思います。
そのことを知らなかったために、その商品・サービスについて、本来あるべき認識とは異なる認識を
持ってしまったと考えるであろうからです。

消費者庁も当然、そのような問題意識を持っているからこそ、ステマの問題を
取り上げたのでしょう。
なのに、なんでこんな結論になってしまったのでしょうか。
内部でどういう議論がなされたのか、聞いてみたいものです。


ところで、最近目にした例では、キヤノンが、ユーザーによるレポートを紹介しますという形で、
ブロガーを活用した宣伝活動を行っています。
この例の場合には、キヤノンからカメラを貸してもらった旨がブログ記事において
きちんと開示されています。
さすがグローバル企業といったところでしょうか。
しかし、他社の事例では、開示がなされていない例もあるはずです。
日本でもステマを規制すべきという声が出てきておかしくありません。
また、法規制がなくとも、ばれた場合には、社会的非難を浴びる虞があります。
口コミマーケティングを実施又は検討されている方は、少し気を付けておいた方が
良いのではないでしょうか。
もちろん、一消費者としても、ステマに引っかかることがないようにしたいですね。

いまさらですが、「〈反〉知的独占」を読んでみました

かなり暖かくなってきたので、そろそろ自転車遊びを再開しようかと
今日は自転車を整備していました。
手を休めた時に、ふと目に入ったのが、この本です。
奥付を見ると「2010年10月29日 初版第1刷」とあります。
出たばかりの時に買い、そのまま読まずにほったらかしにしていたようです。

さて、最近は、知的財産権の強化のいきすぎが問題になっています。
ローレンス・レッシグ教授はかなり前から著作権の強化に反対していますし、
日本でも中山信弘教授が「特許法」のはしがきで次のように述べています。

「知的財産権は独占権である以上弊害を伴うが、その弊害以上の
社会的ベネフィットがあれば、制度としての合理的な存在理由があることに
なる。しかしながらプロ・パテントの掛け声に押されて、独占の弊害に関する議論は
不十分であるように思える。学者の間では常識となっているが、権利者と
社会とのバランスが重要である、ということを再認識する必要がある。
その根本原理は産業の発展であり、そのために権利者と社会との
調和点をどこに求めるか、という観点を常に忘れてはならない。
そのような観点からすると、たとえば知的財産侵害の刑罰強化については、
世界的にみても重罰にすぎるし、行き過ぎであるように思える。」

「特許制度がそれを上回るベネフィットがあるという証明はない。
これは特許制度の存在理由に関わる重大問題であるが、
いまさら特許制度の全廃などは不可能なことであり、現状を前提に
する限り、漸進的な改革を推し進めてゆく以外にはありえない。」

他にも弁護士の野口祐子さんが「デジタル時代の著作権」で
著作権と表現の自由のバランスが崩れつつあるのではないかといった
問題提起をしています。

ただ、この人たちは、知的財産制度そのものには反対していません。
知的財産権が強化されすぎていてバランスが崩れていることを問題にしているだけです。
ところが、本書の著者は、「はじめに」において、次のように述べています。

「われわれの結論はこうだ。作り手の財産権は「知的財産」がなくても充分に
保護されるし、知的財産はイノベーションも創造性も伸ばさない。これらは不必要悪なのだ。」

本書の著者は、知的財産制度そのものを否定しているわけです。
これは大変です。
では、どんなことを言っているか、中身を読んでみましょう。

あれがこうで、それがこうで、うんたらかんたら。
「知的独占は本当に競争よりも多くのイノベーションをもたらすのだろうか?
理論的な見地からだと、答えははっきりしていない。」
ああだこうだ、うんぬんかんぬん。

あれ?はっきりしていないんですか?

前後を省略してしまったのは、著者が普遍性があるか疑わしい個別例を挙げすぎているのと、
これは私の誤解かもしれませんが、知的財産制度の有無の問題と知的財産権の強弱の問題とを
ごっちゃに論じているように思えたからです。
知的財産制度は一切無い方がいいという話と、知的財産権が強すぎると弊害の方が大きくなるという話は、
たしかに繋がってはいますが、別の問題だと思います。
また、知的財産権をどの程度強化することがノベーションの奨励という目的達成には最適なのか、
一定以上の知的財産権の強化はもはやイノベーション奨励にはつながらず、
むしろそれを阻害するといった話もまた別の話です。
なのに知的財産制度はイノベーションを増加させないという主張の根拠として、
知的財産権の過剰な強化はイノベーション活動を弱めるという研究成果を持ち出してきたりするので、
真面目に読む気が途中で失せてしまったのです。

中山信弘教授が、「特許制度がそれを上回るベネフィットがあるという証明はない。」と
認めているとおり、本書の主張内容自体は、今後の知的財産制度を論じる上で
無視し得ないものだと思います。
でも、この本を読んでおくべきかというと、どうなんでしょう。
むしろ新宅純二郎、柳川範之「フリーコピーの経済学」あたりを読んでおいた方が良いかも?
もう少し短く、論理的に書いてくれていると素直にお勧めできるんですけどね。


〈反〉知的独占 ―特許と著作権の経済学

知ったかぶりの愉悦

ちょっと昔、やたらと「ポストモダン」という言葉を見かけました。
最近見ないですね。
なんででしょう。
その理由の一部は、アラン・ソーカル他「「知」の欺瞞」という本のせいかもしれません。

アラン・ソーカルという人物は、物理学者なのですが、1994年にカルチュラル・スタディーズ誌
「ソーシャル・テクスト」に「境界を侵犯すること」という論文を投稿したことによって、
「ソーカル事件」と呼ばれる事件を起こしました。
彼が投稿した論文は、見事に雑誌に掲載されたのですが、実は、それは、
著名なフランスやアメリカの知識人たちが書いた物理学や数学についての
でたらめな文章を寄せ集めたパロディー論文でした。
一部のポストモダン思想家が、物理学や数学の概念を誤用・濫用していることを
揶揄するために、悪戯をしかけたということだったのです。

「「知」の欺瞞」は、この悪戯を敷衍して、①ラカン、クリステヴァ、イリガライ、ボードリヤール、
ドゥルーズといったポストモダン思想家たちが、いかに物理学や数学の概念を誤解して
使用しているかを指摘し、さらに②客観的実在主義を批判する認識的相対主義を批判した本です。
ソーカルの批判に対して、ポストモダン陣営は有効な反論をすることができませんでした。
それだけが理由ではないのでしょうが、その頃を機にポストモダン思想は
あまり流行らなくなってしまったというわけです。

ところで、上記②の批判に関連して、ジェームズ・ロバート・ブラウン「なぜ科学を語ってすれ違うのか
ソーカル事件を超えて」という良作が出版されており、実は私はそっちの本を先に読んでいました。
で、その本の中でソーカル事件のことはかなり詳しく描かれていたので、「「知」の欺瞞」の方は
読まなくてもいいかなと思っていたのですが、つい最近文庫化されたので、読んでみたのです。

さて、サイエンス・ウォーズとも言われる科学をめぐる客観的実在主義vs認識的相対主義の論争について
興味がある方には、「なぜ科学を語ってすれ違うのか ソーカル事件を超えて」を一読することを
お勧めするとして、今回、語りたいのは、「「知」の欺瞞」の不真面目な読み方です。
本書は、偉そうな思想家が知ったかぶりをして恥をかいたというジョーク集として読めます。
いや、かなり笑えます。
ソーカルは、ポストモダン思想家が、物理学や数学の概念を間違って引用している理由について
いくつか推測しています。
しかし、私からすると、肝心の理由を挙げていないように思います。
知ったかぶりってのは楽しいんです。
自分が知っていることを書くのは退屈です。
特に当たり前と思っていることを丁寧に書くのは、苦痛な作業になりかねません。
それに対して、何だかよく分からないことに言及することは、一種の挑戦であり、
楽しいのです。
ポストモダン思想家たちは、その誘惑に負けたという面があるのではないかと想像します。
そう、私もその誘惑に負けて、こんなことを書いているわけですし。


「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫)

労働契約法改正は、非正規社員を救えるか

厚生労働省の労働政策審議会が、厚生労働大臣に対して、
「労働契約法の一部を改正する法律案要綱」について、
「おおむね妥当」と答申したそうです。

この法律案要綱のポイントは、以下のとおりとされています。

1.有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換
 有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合(※1)は、労働者の申込みにより、
無期労働契約(※2)に転換させる仕組みを導入する。
 (※1) 原則として、6か月以上の空白期間(クーリング期間)があるときは、前の契約期間を通算しない。
 (※2) 別段の定めがない限り、従前と同一の労働条件。

2.「雇止め法理」の法定化
 雇止め法理(判例法理)(※)を制定法化する。
 (※) 有期労働契約の反復更新により無期労働契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、
 または有期労働契約の期間満了後の雇用継続につき、合理的期待が認められる場合には、
 解雇権濫用法理を類推して、雇止めを制限する法理。 

3.期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止
 有期契約労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより無期契約労働者の
労働条件と相違する場合、その相違は、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、
不合理と認められるものであってはならないものとする。


2は、特段現状を変更するものではありません。
3もあまり意味のある内容のものではなさそうです。
問題は、1です。
現代の企業社会は、もはや身分社会とも言うべきものになっています。
正規社員と非正規社員とでは扱いがまったく違います。
この改正案が、身分差の解消を目指したものであることは想像がつきます。
また、ヨーロッパには、有期労働契約について、一定の期間を超えると
期間の定めのない契約とみなすとする制度を設けている国があります。
先例もあるわけです。
ですから、こういう改正をしようとする理由は、よく分かります。
ただ、この改正案が非正規社員のためになるかどうかは、分かりません。

ぱっと考えてみても、この改正案が実現した場合、使用者は5年経過前に
契約更新を止めるのではないかとの疑問が生じます。
たしかに正社員と同じ仕事をするようになっているにもかかわらず、
採用時に非正規社員として雇用されたというだけで、いつまでも
不安定な地位に置かれている人たちはいます。
この改正案が、そういう人たちの地位を安定させる効果を持つ可能性があることは
否定できません。
しかし、非正規社員のうちの多くは、労働者の入れ替えが比較的簡単な労働に
従事していると思われます。
この改正案は、そういった労働者の首切り促進につながりかねない可能性もあるわけです。
トータルで考えると非正規社員のためになるかどうかは、分かりません。


文献の助けを借りて、もっと深く考えてみましょう。
前述のとおり、ヨーロッパには似た制度をすでに設けている国があります。
そして、以前から、一定期間又は一定の更新回数を超えた場合には、
無期労働契約とみなすというルールの導入を主張する労働法学者がいました。
そこで、そういう制度について、すでに考察した文献があります。
荒木尚志他編「雇用社会の法と経済」収録の両角道代・神林龍「有期雇用の法規制」です。
以下、引用します。

「欧州諸国の規制や日本での立法論を合理的に整理するためには、「有期雇用が
劣悪な雇用形態である」こと、逆にいえば「契約期間を無期にすることだけで
雇用環境は改善される」ことを前提とする必要があることがわかる。
したがって、雇用期間規制の議論の枢要は、「雇用期間が有期であるがゆえに
(無期と比較して)雇用環境がより劣悪となるメカニズムが存在するのか」という
問いの解答にあることがわかる。」

「雇用期間が有期であることによって雇用環境が悪くなる」という機序があるのであれば、
雇用期間を無期にすることによって、雇用環境を良くすることができるということですね。
さらに引用します。

「自由な再交渉を認めている近代民法のもとでは、有期契約か無期契約かは再交渉
決裂時の交渉ポジションをコントロールするアイテムに過ぎず、それ自体、その契約期間の
もとで提示される労働条件が良好であるか劣悪であるかとは一義的には関係ない。」
「もちろん、実際には、契約期間の設定とそこに参加する労働者の属性や労働条件との間には
明確な相関関係があると考えられている。」
「したがって、このような観点から有期雇用のあり方を考える際には、契約期間の
設定の仕方と賃金等に関する待遇決定の問題を切り離して考えることができない。
法律上は、有期労働契約は雇用期間が限定された契約にすぎないが、現実には、
賃金その他の労働条件についても正社員とは明確に区別された非正規社員としての
身分を設定する機能を果たしていると考えられているからだともいえる。」

経済学的な観点から単純に考えると、「雇用期間が有期であることによって
雇用環境が悪くなる」という機序はない。
しかし、雇用期間が有期であることは、社会的には劣った身分であることを表す
烙印となるのであって、そのラベル効果によって、雇用環境の悪化をもたらしている
可能性があるといったところでしょうか。
ただ、この推測が正しいとしても、雇用期間を無期にさえすれば、非正規社員という身分が
消えてなくなるとは言い切れません。
したがって、雇用期間を無期にすれば雇用環境を良くできるとも言い切れないことになります。


結局、この労働契約法改正案が非正規社員のためになるかどうかは、現時点では、
分からないというほかないように思います。
さて、どうなることやら。


雇用社会の法と経済

不動産取引は現況確認が大切

今日は、最高裁判決が二つ裁判所ウェブサイトに
アップロードされています。

一つは、第三者異議事件判決です。
裁判要旨は次のとおり。

「不動産の取得時効完成後,所有権移転登記がされない間に,
第三者が原所有者から抵当権の設定を受けてその登記を了した場合,
占有者が抵当権の存在を容認していたなど特段の事情がない限り,
再度の取得時効により抵当権は消滅する」

理由は、以下の最高裁判例とパラレルに考えるべきだからという
ことのようです。

不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,
第三者に上記不動産が譲渡され,その旨の登記がされた場合において,
占有者が,上記登記後に,なお引き続き時効取得に要する期間占有を
継続したときは,占有者は,上記第三者に対し,登記なくして時効取得を
対抗し得るものと解される(最高裁昭和34年(オ)第779号同36年
7月20日第一小法廷判決・民集15巻7号1903頁)

ただし、そんなに単純に考えていいのかとの疑問を呈する古田裁判官の
補足意見がついています。

まあ、登記だけを信じていると、こういうことになりかねないので、
不動産は、現況確認が大事だということですね。



もう一つは、生命保険契約存在確認請求事件判決です。
こちらは内容はともかく、須藤裁判官の反対意見が判決の本体よりも
長いのが見ものです。
多数意見を読んだ時点では、そりゃそうだよな、なんで原審はこんな
判断をしたのだろうとまで思ってしまいました。
ところが、須藤裁判官の意見を読んだ後には、たしかにそういう考えも
ありえるなと思うに至りました。
法律問題って、そういうことが良くあるんですよね。
結論に飛びつくのは危険です。


ところで、今日、本当に読みたかったのは、昨日東京地裁において
言い渡されたアートネイチャーの株主代表訴訟事件判決です。
しかし、下級審判決はすぐには手に入りませんので、
しばらく待たねばなりません。
残念。

新訳 ケインズ「雇用、利子、お金の一般理論」

山形浩生氏がやってくれました。
あの"The General Theory of Employment, Interest and Money"の新訳です。
あっ、「新約」じゃないですからね。
新約聖書の「新約」っていうのは、「新しい約束」って意味ですから。
新訳、つまり「新しい翻訳」です。
それと、タイトルも間違ってませんからね。
今までは、「雇用・利子および貨幣の一般理論」と呼ばれていた本ですが、
山形訳では、「雇用、利子、お金の一般理論」です。
タイトルの変更がすべてを表している本です。

この本、経済学の分野では「国富論」、「資本論」と並ぶ超有名な本です。
ただ、有名という点だけでなく、例の点でも並んでいます。
例のって、ほら、誰でも名前は知ってるけど、最後まで読んだことがある人は、
ほとんどいないって点ですよ。

一時期は死んだとまで言われたケインズ理論ですが、リーマン・ショック以降、
急に見直され、ケインズ関連の本が多数出版されています。
しかし、ケインズ自身の著作であるこの「一般理論」を読み通したことが
ある人は、あまりいないと思います。
私自身、何回か読もうと思いつつも、読んでいませんでした。
その原因は、いままで出版されてきた翻訳書の読みにくさにあります。
書店で、パッと本を開いて、読もうとしてみたことは何度かあるのですが、
何が書いてあるのか、すぐには文意が掴めない文章で書かれているのです。
日本語の解読から始めないと、何が書いてあるのか分からない本なんて、
読めません。

しかし、「山形浩生」という訳者の名前を見たとたん、今度は読める本に
なっているのではないかと直感しました。
山形浩生氏の翻訳で、読みにくかったものは、いままで1冊もありませんでしたから。
数ページ、ぱらぱらっと読んでみた後、すぐ購入し、さっきまで読んでいました。
私のように本をいい加減、かつ、大量に読む習癖のある人間にとっては、
読みやすさは、内容と同じくらい価値があります。
いや、読みにくければ読まないわけですから、もしかすると内容以上に価値が
あるかもしれません。
この本は、読みやすさという点で非常に価値がある本だと思います。
しかも、例のヒックス論文とクルーグマンの解説文まで収録されています。
ケインズの「一般理論」に興味があるが、いままで読んだことはなかったという人
すべてに一読をお勧めしたい本です。


雇用、利子、お金の一般理論 (講談社学術文庫)

ライブドアが有価証券報告書にウソを書いた、その結末

ライブドアが有価証券報告書に虚偽記載をしていたことを理由として、
投資家が、金商法21条の2に基づき、損害賠償を請求していた事件について、
昨日、最高裁判決(「ライブドア判決」)が言い渡されました。
「旧ライブドア粉飾、98億円余の賠償確定 最高裁判決」(朝日新聞)などと
報道されていますので、ご存知の方も多いと思います。
この判決の全文が裁判所のウェブサイトで公開されています。
ざっと読んだだけですので、間違いがあるかもしれませんが、
この判決についてすこし書いてみます。
ただ、かなり細かい話なので、金商法21条の2の解釈について、ご興味のない方は
読まない方が良いかもしれません。



注目されていたのは、次の2点です。

①検察官が記者を通じて、ライブドアに有価証券報告書の
虚偽記載の容疑がある旨の情報を一般公衆に開示したことが、
金商法21条の2第2項にいう「虚偽記載等の事実の公表」に当たるか。

②強制捜査、代表取締役解任、上場廃止に向けた動き、
マスコミの報道等の事情による株価の下落は、損害から
控除されるべきか。

上記①については、当たるということで、あっさりと決着がつきました。

上記②の点については、控除されるべきではないと判断されました。
ただし、この多数意見に反対する岡部裁判官の意見がつき、その反対意見に
反論する補足意見もつきました。
何が議論されたかは、西武鉄道事件最判平23・9・13(「西武鉄道判決」)と
合わせて読むことによって理解することができます。



西武鉄道判決は、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求事件に
関する判決です。
有価証券報告書の虚偽記載については、不法行為に基づく損害賠償請求も可能と
考えられていますが、その場合の損害に関しては、通説たる差額説をとった上で、
なおいくつかの考え方がありえるとされています。

①取得価格マイナス売却価格を損害とみる考え方(取得自体損害説)
②虚偽記載がなかったならばそうなったであろうという想定価格と、
取得価格との差額を損害額とする考え方(高値取得損害説)
③公表後に下落した額を損害額とする考え方(公表後下落額損害説)

西武鉄道判決は、①を採用した上で、次のように述べています。

「虚偽記載が公表された後の市場価額の変動のうち、いわゆる狼狽売りが
集中することによる過剰な下落は、有価証券報告書等に虚偽の記載がされ、
それが判明することによって通常生ずることが予想される事態であって、
これを当該虚偽記載とは無関係な要因であるということはできず、
当該虚偽記載と相当因果関係のない損害として上記差額から控除することは
できないというべきである。」



ところで、今回のライブドア判決は、金商法21条の2を民法709条の
特則とした上で、同条2項の「損害」は虚偽記載等と相当因果関係のある
損害すべてを含み、同条5項の控除対象とはならないと判断しました。
そして、具体的には、強制捜査、代表取締役解任、上場廃止に向けた動き、
マスコミの報道等の事情による株価の下落を損害額から控除することは
許されないと判断したのです。
上記西武鉄道判決と平仄を合わせた判断と言えるでしょう。

この判断に対して、岡部裁判官は反対意見を述べています。
その要点は次のとおりです。

・民法709条に基づく不法行為に関しては、高値取得損害説を原則と考えるべきである。
西武鉄道判決の場合は、虚偽記載がなければ上場廃止になっていた特別な事案であったために
取得自体損害説を採用したにすぎない。
・マスコミ報道等による株価下落は、全株主が被る損害であって、賠償対象とはならないと
考えるべきである。
・金商法21条の2もまた高値取得損害説を前提とした規定である。
・よって、会社の信用毀損による株主の間接損害は、同条5項によって控除されなければならない。

この岡部裁判官の反対意見に対して、田原裁判官と寺田裁判官が補足意見の形で
反論しています。
田原裁判官の反論の要点は次のとおりです。

・一般に、虚偽記載等の後、その公表前に流通市場で発行会社の株式を取得した者は、
虚偽記載等がなければその株式を取得することはなかったものと推認される。
よって、取得自体損害説を原則と考えるべきである。
・株価下落によって被る損害は、取得それ自体によってもたらされる損害である。
・虚偽記載以前からの株主と虚偽記載後に株式を取得した株主を同列に論じるべきではない。
・金商法21条の2が高値取得損害説を前提としていると考えるべき根拠はない。
・同条2項の「損害」には虚偽記載等と因果関係のある損害全てが含まれ、
これを同条5項によって控除すべき根拠はない。

寺田裁判官の反論内容は省略します。


オリンパス事件もありますし、今、金商法21条の2が熱いですね。

イーライ・パリサー「閉じこもるインターネット」

長風呂につかりながら、買ってきたばかりの本書を読みました。
この本が伝える重要なメッセージは、「はじめに」の中に
端的に示されています。
その一部を引用します。

「新しいインターネットの中核をなすコードはとてもシンプルだ。
フィルターをインターネットにしかけ、あなたが好んでいる
らしいもの―あなたが実際にしたことやあなたのような人が
好きなこと―を観察し、それをもとに推測する。これがいわゆる
予測エンジンで、あなたが、どういう人でなにをしようとしているのか、
また、次になにを望んでいるのかを常に観測し、推測のまちがいを
修正して精度を高めてゆく。このようなエンジンに囲まれると、
我々はひとりずつ、自分だけの情報宇宙に包まれることになる。
私はこれをフィルターバブルと呼ぶ」

「パーソナライゼーションを突きつめると、あらゆる面で個人に
合わせてカスタマイズした世界が生まれると言われる。
自分が好む人々、物、アイデアだけに囲まれた世界だ。」

「フィルターバブル内では、新たな洞察や学びに遭遇する
チャンスが少ない。」

「フィルターバブルの中にはいるというのは、自分が目にする
選択肢をその会社に選ばせることを意味する。」

「他人の視点から物事を見られなければ民主主義は成立しない
というのに、我々はバブルに囲まれ、自分の周囲しか見えなく
なりつつある。事実が共有されなければ民主主義は成立しない
というのに、異なる平行世界が一人ひとりに提示されるように
なりつつある。」

本書を読んでいる途中で私の頭に浮かんだ光景は、
SF小説「百億の昼千億の夜」の中に登場するZEN―ZENシティです。
ZEN-ZENシティでは、市民の精神は1枚のカードの中に
情報化され、市民はコントロールされた「幸せな夢」を見続けています。
そして、市民の肉体は、コンパートメントというカプセルの中に
収められて、保管されているのです。
この小説は、45年ほど前に書かれたものですが、上記の
未来像と似ていませんか?

ともあれ、本書「閉じこもるインターネット」は読む価値のある本だと
思います。時間がない人は、「はじめに」だけでも、読んでみてはいかがでしょうか。


閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義

神々の黄昏

週刊ダイヤモンド3月17日号を買ってきました。
もちろん、「銀行・証券終わらざる危機」と題された特集が
読みたくてです。

将来的に不良債権になる可能性のある大口融資先20社
すべてが、「正常先」から「要管理先」の不良債権に
転落すると仮定すると、必要な引当金の合計額は7兆円を超える。

金利が上昇すると債券の価格が下落するが、金利が1%下落すると
国債だけでも3メガバンク合計で1.7兆円の評価損が発生する。

このあたりの話は、新鮮味がありませんでした。
そうでしょうねというだけの話です。
しかし、外資系金融機関の従業員数が、2008年3月から2011年9月に
かけて2割減っており、かつての1億円プレーヤーに相当する社員の
年収が、3000万円前後まで落ち込んでいるという話は、初耳でした。
東大や京大の優秀な学生が外資系金融機関を就職先として選んでいた
時代はすでに過ぎたというのです。
「以前は10人中9人が外資系を選んだが今は正反対だ。」という話まで
あるそうです。

ところで、小塩隆士教授は、第53回日経・経済図書文化賞を受賞した
「再分配の厚生分析」において、次のように述べていました。

「高所得層と低所得層との間で、所得の二極分化は若年層を別にすると
顕著な形では進んでいない。所得を三分割しても、所得の極化を示す
動きははっきりとした形では確認できない。これも、上の2つの点と同様、
日本の世帯の全般的な貧困化に対応するものである。実際、2000年代に
入ってからの日本では、低所得層・中所得層・高所得層それぞれにおいて
ほぼ同じようなペースで世帯所得の減少が見られ、「勝ち組」「負け組」の
違いの明確化といった傾向は見られない。」

ほんの少し前まで、格差という言葉が氾濫していました。
しかし、いままでは極一部の外資系金融機関社員が目立ったりしたことにより、
二極分化しているかのように見えていたにすぎないのかもしれません。
その外資系金融機関の高待遇もかすんだ今、とうとう総貧困化という
日本の本当の姿が見えてきたといったところでしょうか。


P3111630

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書

ワイシャツのボタンが取れてしまったので、お店に持っていって
修理をお願いしました。
修理を待っている間に時間つぶしのために入った書店で
「緊急出版!」とのPOP付で平積みになっていたこの本を見かけ、
買ってきました。

いや、これ読み応えがあります。
最初のあたりだけ読んでみるつもりが、結局、最後まで
一気に読みきってしまいました。

この報告書について、マスコミは、「「情報来ない」「もういい」・・・菅氏の混乱指摘」(読売新聞)、
「混乱原因は「菅」より「官」 民間事故調査報告書が伝えたこと」(東京新聞)
などと報道していますが、私が読んだものと同じものを読んだ上でのコメントとは、
信じられません。
私は、この本のエッセンスは、冒頭の委員長メッセージと最終章に書かれた
以下の言葉にあると思います。

「安全神話はもともと立地地域住民の納得を得るために作られていったとされますが、
いつの間にか原子力推進側の人々自身が安全神話に縛られる状態となり、「安全性を
より高める」といった言葉を使ってはならない雰囲気が醸成されていました。
電力会社も原子炉メーカーも「絶対に安全なものにさらに安全性を高めるなどということは
論理的にあり得ない」として彼ら自身の中で「安全性向上」といった観点からの
改善や新規対策をとることができなくなっていったのです。」

「じょじょに作り上げられた「安全神話」の舞台の上で、すべての関係者が
「その場の空気を読んで、組織が困るかもしれないことは発言せず、流れに
沿って行動する」態度をとるようになったということです。これは日本社会独特の
特性であると解説する人もいます。しかし、もしも「空気を読む」ことが
日本社会では不可避であるとすれば、そのような社会は原子力のようなリスクの
高い大型で複雑な技術を安全に運営する資格はありません。」

「なぜ、原子力発電所の事故への備えがこのように不十分だったのか。
おそらく、過酷事故に対する備えそのものが、住民の原子力発電に対する
不安を引き起こすという、原子力をめぐる倒錯した絶対安全神話があったからだと
思われる。」

「人々の「小さな安心」を追い求めるあまりに、国民と国家の「大きな
安全」をおろそかにする原発政治と原発行政が浸透した。その「安心」レベルを
超える「不安と誤解」を招きかねないリスクは「想定外」という言葉で排除された。」

「津波の襲来は「想定外」ではなかった。多くの研究がそれを「想定」していたのに、
東京電力は聞く耳を持たなかった。要するに東京電力の「想定が間違っていた」ということ
である。」

「3月15日未明の東京電力の「撤退」事件とそれに触発された菅首相以下
官邸政務中枢の暁の東電本店乗り込みと対策統合本部の設置は、最後は国が
責任を持って事故の収束に当らなければならなかった真実を物語っている。」

「過酷な原子力事故が起こった場合の国の責任と、その際に対応する実行部隊の
役割を法体系の中により明確に位置づけなければならない。将来的には、
米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)に匹敵するような過酷な災害・事故に
対する本格的実行部隊の創設を目指すべきであろう。」

「究極のところ、原子力(核)は、いったん事故を起こすと人間の命に
重大な脅威を与える人間安全保障の問題だけでなく、国家の根幹にかかわる
国家安全保障の課題であり、世界の安全とセキュリティを脅かす国際的
安全保障の問題である。」

「国民を守るのにどこが最後に責任を持つのか、それを誰が決めるのか。
(中略)福島第一原発事故は、日本の戦後の歴史の中で「国の形」の
あり方をもっとも深いところで問うたとも言える。」

言霊に振り回されて、有事を真剣に考えてこなかった結果が、
今回の事故であるということでしょう。
「菅」が悪い、いや「官」が悪いなどと、つまらないことを言い争っていても
しかたないと思いますけどね。


福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書

ニコイチ

ニコイチという言葉をご存知ですか?
複数の事故車から使える部品を取って、一台の車に仕立て上げた粗悪品を
指す言葉です。

ところで、企業再生の場面においても、似たようなことが行われることがあります。
倒産寸前の会社から営業利益が出ている事業だけを切り出して、利益の出る
会社(グッドカンパニー)を仕立てる手法が、一頃流行りました。
会社分割の手法を使うのですが、当然、残された元の会社は、利益の出る
見込みのない会社(バッドカンパニー)になってしまいます。
3台くらいの事故車から使える部品を取って、走行可能な自動車を作る。
そうすると、1台の自動車とクズ鉄の山が残ります。
そんなイメージです。
これを一部の債権者に黙ってこっそり実行したり等するのが、
濫用的会社分割と言われるもので、近年問題となりました。

ただ、違う点もあります。
ニコイチの場合の被害者は、粗悪品の自動者を買った人です。
それに対して、濫用的会社分割の場合に被害者となるのは、
元の会社の債権者、特に金融機関です。
技術的なことを省いて説明すると、ある手法を使うと、金融機関の債権を
実質的にカットすることができます。
事業継続に必要な取引関係の債権者については、そのまま取引関係を
グッドカンパニーに移す。それによってその債権者は、グッドカンパニーから
債権を回収することができる。
それに対して、金融機関は元の会社であるバッドカンパニーに残す。
金融機関は債権を回収することができません。
金融機関からすると、車を担保に金を貸していたら、いつのまにかその車が
クズ鉄の山になっていた、そんな感じでしょう。

当然、金融機関は怒ります。
そこで、濫用的な会社分割について訴訟が多発しました。
今回取り上げる判決(名古屋高等裁判所平成24年2月8日判決)は、
そうした訴訟のうちの一つについてのものです。

事案は、簡単にいうと、次のようなものです。
旧Bという会社があり、金融機関Xがその会社に資金を貸し付けていました。
ところが、経営不振に陥った旧Bの経営者は、旧Bから利益の上がる
事業のみを切り出して、新設会社分割の方法で新しい会社Yを設立し、
事業をその会社に移しました。
金融機関Xは旧Bの債権者として取り残されてしまいます。
そして、債権の回収は、Y会社から旧Bに対して賃料等の名目で
支払われる月額200万円を原資としてなされることになり、
示された計画では128年後になってやっと弁済が
完了することになっていました。
この会社分割について、金融機関Xが、民法424条の詐害取消権に基づいて、
取消を求めるとともに、金銭の支払いを請求したというのが本件訴訟です。

本判決は、上記事案につき、Y会社の控訴を棄却し、金融機関Xの請求を認めたものです。
ただ、その内容は概ね原審(名古屋地方裁判所平成23年7月22日判決)を
維持したものです。
そこで、原審判決を見てみると、取消の範囲及び原状回復の方法について、
面白いことが書かれています。
引用します。

「新設分割は、新設分割会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は
一部を新設分割設立会社に承継させることであり、本件会社分割において、
旧りょくけん(旧B)から被告(Y会社)に対して承継された資産及び負債が
可分であることは明らかであるから、本件会社分割を詐害行為として取り消す
範囲は、詐害行為の目的物が可分である場合として、債権者である原告の
被保全債権の額、すなわち、貸金元本の合計9568万2000円を限度とすると
いうべきである。」
「本件会社分割が詐害行為として取り消された時の原状回復の方法としては、
(中略)原告は、被告に対し、逸失した財産の現物返還に代えてその価格賠償を
請求することができる。」

一定金額の限度で会社分割を取消した上で、価格賠償を請求することができると言うのです。

高裁判決の方にも面白い記載があります。

「新設分割によって分割会社の残存債権者が害された場合、現行会社法の
債権者保護手続や新設分割無効の訴えでは残存債権者の保護を図ることが
できないのであり、そのような問題状況を踏まえて、詐害的な会社分割によって
その債権を害された残存債権者が、新設会社等に対し、当該債務の履行を
直接請求できる旨の規律を新たに設けること等を内容とする会社法制の
見直しの議論が進められていることは当裁判所に顕著である。」

だから、こういう手法で債権者を救済してもよいということでしょうか。
最後に、「会社法制の見直しに関する中間試案」の該当箇所を引用しておきます。


詐害的な会社分割における債権者の保護

① 吸収分割会社又は新設分割会社(以下第6において「分割会社」とい
う。)が,吸収分割承継会社又は新設分割設立会社(以下第6において「承
継会社等」という。)に承継されない債務の債権者(以下「残存債権者」
という。)を害することを知って会社分割をした場合には,残存債権者は,
承継会社等に対して,承継した財産の価額を限度として,当該債務の履
行を請求することができるものとする。ただし,吸収分割の場合であっ
て,吸収分割承継会社が吸収分割の効力が生じた時において残存債権者
を害すべき事実を知らなかったときは,この限りでないものとする。

(注) 株式会社である分割会社が吸収分割の効力が生ずる日又は新設分割設立会
社の成立の日に全部取得条項付種類株式の取得又は剰余金の配当(取得対価
又は配当財産が承継会社等の株式又は持分のみであるものに限る。)をする場
合(会社法第758条第8号等)には,上記の規律を適用しないものとする。

② 残存債権者が,分割会社が①の会社分割をしたことを知った時から2
年以内に①による請求又はその予告をしない場合には,①による請求を
する権利は,当該期間を経過した時に消滅するものとする。会社分割の
効力が生じた時から20年を経過したときも,同様とするものとする。

(注) 事業譲渡についても,①及び②と同様の規律を設けるものとする。

5.5兆円の訴訟

報道によれば、今月5日、東京電力の株主42人が、
東京電力の歴代の役員27人に対し、訴えを起こしたそうです。
同役員らに対して、東京電力に約5.5兆円を
支払うことを求める訴訟です。
国内の民事訴訟としては、過去最高額の請求だそうです。

通常の訴訟で5.5兆円の支払いを求めますと、印紙代が
55億円ほどかかります(計算合ってるかな?)。
ところが、5.5兆円を支払う能力がある個人って、
まずいませんよね。
訴訟に勝っても5.5兆円を回収することは不可能です。
それどころか55億円の印紙代を回収することも通常は難しいでしょう。
ですから、通常は、こんな訴えは起きません。
5.5兆円の請求権があると考えたとしても、一部請求という形にして、
請求金額は、支払い可能と思われる金額+α程度に抑えます。

では、なぜ今回このような訴訟が起きたのかと言えば、
今回の訴訟が株主代表訴訟だからです。
株主代表訴訟の場合には、会社法847条6項の規定に基づき、
印紙代が1万3000円で済むのです。

今回の件、我々庶民からすると、面白い。
ですが、上場会社の経営者は、違った感想を抱くかもしれません。
経営者は、株主代表訴訟の被告になる潜在的可能性がある人たちです。
彼ら、彼女らは、株主代表訴訟制度がオカシイから、
こんなアリエナイ訴訟が起きたんだと考えるかもしれません。

ところで、昨年末に「会社法制の見直しに関する中間試案」が
法制審議会会社法制部会から発表されました。
その中には、株主権を強化する方向での株主代表訴訟制度の改正案も
含まれています。
原告となった株主及び代理人たちの善意を疑うわけではありませんが、
今回の件が財界の株主代表訴訟制度に対する潜在的不満を刺激し、
会社法改正に悪影響を及ぼさなければ良いのですがと思わざるを得ません。

「うっかりインサイダー取引」心配すべき?

違法性の認識がないまま役員らが株式を売買する
「うっかりインサイダー取引」などを防ぐ狙いで、
日本証券業協会のインサイダー防止システムに登録する
企業が増えていると今朝の日本経済新聞が伝えています。

たしかに2008年ころ、「うっかりインサイダー取引」という
言葉が流行ったことがありました。
しかし、平成22年3月26日の大証金融商品取引法研究会において、
証券取引等監視委員会事務局次長の大森泰人氏が、
下記のとおり述べていますので、現時点では、そんなに
心配しなくても良い状況になっているようです。
できるだけ未然にインサイダー取引を防止したいということで
上記システムを利用すること自体は良いことだと思いますけどね。


「このところ毎年数十件の課徴金納付命令を出しておりますけれども、
命令された人は、自分は制裁されたのではない、単に行政手続で
利得をお返ししただけだなんて思っているわけはないのでして、
やはり制裁を受けたというふうに感じるわけですし、まともな
勤め先だったら、首にならないというのもなかなか難しい話です。
それは、摘発する私たちのほうも、これは単なる行政手続であって
制裁ではない、だから主観的な要件を問わないで形式的に適用して
いくんだというようなことになりますと、非常に副作用が大きいと
思います。
率直に申しまして、(課徴金)制度発足当初には、社長さんなんかは
毎日のように重要事実に接するわけですから、そのことと
何の因果関係もなく自社株の取引をしてしまったから課徴金を納付しろ
というような運用も見られまして、そういうことをやっていると、
もう自社株の売買は一切やめなければいけないということになって、
萎縮させる弊害が大きいと思っております。
それで、私は監視委員会の外からこういう運用を非常に
攻撃していたのですけれども、幸いなことに、現在の体制においては、
いわゆる”うっかりインサイダー”というようなものは摘発しない
という運用が確立しております。」

みんなの意見>専門家の意見

平成24年2月29日の最高裁決定からの話題です。

旧称「テクモ株式会社」の株式移転に関して、一部の株主が
反対し、株式買取請求権を行使しました。

株式買取請求権を行使することにより、株主は、会社に対し、
自己の有する株式を「公正な価格」で買取ることを請求できますが、
具体的な買取り価格については、まずは協議を行います。
そして、協議が整えば、協議に基づく価格を会社は株主に
支払うことになります。
それに対して、協議が整わない場合には、裁判所に価格決定を
申立て、裁判所の決定により、具体的な買取り価格を
決めることになります。

本件では、協議が整わなかったようで、買取り価格決定の
申立てが裁判所に対してなされました。
以下はその事件の経緯です。

平成21年5月25日 株主、東京地裁に対し、価格決定の申立て
平成22年3月31日 東京地裁、1株当たり747円とする旨決定
同日         株主及びテクモ、即時抗告の申立て
平成23年3月1日  東京高裁、上記即時抗告を棄却する旨決定
同月7日       株主及びテクモ、許可抗告の申立て
同月30日      上記申立てを許可する旨の決定

そして、今回、最高裁は、原決定を破棄し、事件を
東京高裁に差し戻す旨決定しました。
その決定の中で、最高裁は「公正な価格」の判断基準を述べています。
ここが本決定の注目ポイントです。

「公正な価格」については、すでに楽天対TBS株式買取価格
決定事件に関する平成23年4月19日の最高裁決定が基準を
示していました。
しかし、当該決定は、「シナジーその他の企業価値の増加が
生じない場合」のみを対象としたもので、シナジーの適正な
分配が問題となる事案については、最高裁は判断していないと
されていました。
今回、最高裁は、「それ以外の場合」として、シナジー
その他の企業価値の増加が生じる場合の基準を示しました。
しかもその内容は、株主及び取締役の判断と市場株価を尊重するものです。
以下裁判要旨を引用します。

1 株式移転完全子会社の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」の意義 
2 相互に特別の資本関係がない会社間において,一般に公正と認められる手続により株式移転の効力が発生した場合,特段の事情がない限り,その株式移転比率は公正なものである 
3 株式移転計画の株式移転比率が公正なものと認められる場合は,株式移転により企業価値の増加が生じないときを除き,株式買取請求がされた日における市場株価等を用いて「公正な価格」を定めることは,裁判所の合理的な裁量の範囲内にある 

この判決は、M&A案件を今後担当する者にとっては、実務の基準となる
ありがたいものだと思われます。

ところで、読んでいて面白かったのは、須藤正彦裁判官の
補足意見です。以下、その一部を引用します。

「企業の客観的価値やその増加分を可及的に正確に認識しようとするため
に,財務数値や経営政策などを手がかりにしつつ様々なシミュレーションや条件を
組み合わせることによる評価算定方法がこれまで考案され,また,実際にも用いら
れているところである。しかしながら,これらの評価算定方法は,いずれも専門的
であって,到底平易なものとはいえず,裁判所自らが,上記のうちの何らかの方法
を採用するなどして作業を行うことは,裁判所の性質,役割からしてもちろん不適
切かつ非現実的であるし,また,専門家の鑑定によるということになればその費用
は高額に達し,少なからぬ時間を要することにもなろう。のみならず,これらの評
価算定方法も,所詮は不確定的な数値による予測等を基にするという性質は避けら
れず,不確実性を免れない。これらの点を考慮すると,少なくとも,買取価格の決
定において,他に適切な評価方法があり,それで「公正な価格」を形成するに不足
ないのであれば,それによることに加えてわざわざ上記の評価算定方法まで用いる
ことは意味あることとは思われない。
ところで,上場された株式の市場株価は,企業の客観的価値が投資家の評
価を通して反映され得るとされる。また,法廷意見のとおり,相互に特別の資本関
係がない会社間において,一般に公正と認められる手続により株式移転の効力が発
生し,株式移転を承認する株主総会における株主の合理的判断が妨げられたと認め
るに足りる特段の事情がないときは,株式移転比率は公正である。この場合,当然
のことながら,市場株価にはその公正な株式移転比率も織り込まれ得る。そうする
と,このような場合の市場株価は,シナジー効果等による企業価値増加分の公正な
分配を反映した価格であるといえることになる。」

原則として、専門家の意見より、市場株価、すなわち「みんなの意見」の方を
重視すべきということですね。


「みんなの意見」は案外正しい (角川文庫)

パナソニックが中興通訊(ZTE)に抜かれた!

WIPO発表から引用します。

ZTE Corporation of China with 2,826 published applications overtook Panasonic Corporation of Japan (2,463) as the top PCT applicant in 2011 (annex 2).2 Huawei Technologies, Co. of China (1,831) ranks third, followed by Sharp Kabushiki Kaisha (1,755) of Japan and Robert Bosch Corporation (1,518) of Germany. Each of the top five applicants saw double-digit growth in published PCT applications. Five Japanese companies - Panasonic, Sharp, Toyota, NEC, and Mitsubishi - feature in the top 15-list.

PCT条約に基づく国際特許出願の数で、1位と3位が中国の会社ですよ。

本日の日本経済新聞の一面トップ記事は、下記の通り述べていますが、
国際特許出願数でもこれですから、知的財産の分野でも中国の勢いが
止まらなくなっていることは疑いようがないと思います。

「中国には実用新案や意匠を形式的な審査のみで認める例もある。
中国企業は「取るに足らないアイデアでもとにかく出願する」
(森・浜田松本法律事務所の遠藤誠弁護士)傾向があり、11年末に
有効な実用新案の件数は約112万件に上る。」

東証の上場廃止基準の運用って、どうなの?

これも今朝の日本経済新聞からです。
「法務インサイド」というコラムで三宅伸吾氏がオリンパス
上場維持に関する話題を取り上げています。

三宅氏によれば、東証の上場廃止基準の規定は変わっていないが、
実質基準が変わったと多くの専門家が見ているそうです。
上場廃止を判断する際のポイントが、過去の不正実態よりも
「今後、上場会社としてふさわしい企業に再生できるかどうか」に
移っているというのです。

ここで、有価証券報告書の虚偽記載に関する東証の上場廃止基準を
確認してみましょう。
有価証券上場規程601条1項11号aは、
「上場会社が有価証券報告書等に虚偽記載を行い、かつ、
その影響が重大であると当取引所が認める場合」に
上場を廃止するとしています。
この文言は、有価証券報告書の重要な事項につき
虚偽の記載のあるものを提出した者を罰するとの
金融商品取引法の規定と似ています。

ところで、東京地検がオリンパスを金融商品取引法違反の罪で
起訴する方針を固めたとの報道を信じれば、
東京地検は、オリンパスが、有価証券報告書の重要な事項につき
虚偽の記載をなしたと見ているということになります。
それに対して、オリンパスの上場は維持されましたから、
東京証券取引所は、オリンパスが有価証券報告書に
虚偽記載を行っていないか、又は、虚偽記載を行っていたとしても、
その影響は重大でないと認めたということになります。
前者ということはないでしょうから、後者ということなのでしょう。
しかし、通常は、「重要な事項」につき虚偽があれば、
その影響は重大ということになりそうです。
ですから、東京地検の判断を信じれば、東京証券取引所の判断には
疑問の余地があるということになっておかしくありません。

しかし、この解釈の違いは、上場廃止基準が法令ではなく
自主基準であり、過去の行為を罰するために設けられたものでない
ことから来ていると思います。
上場廃止基準は、東京証券取引所が、投資家のために投資対象となるべき
会社を選別し、上場株式の品質管理をなすために、自主的に制定したものです。
自主基準ですから、そもそもかなりの程度柔軟な解釈の余地があります。
また、投資家のための品質管理が目的ですから、上場会社として
再生できる確実な見通しがあれば、「その影響が重大である」とは
認めずに上場を維持させることが許されそうです。
私もオリンパスの上場維持という東証の判断は
正しいものであったと考えます。

ただ、その一方で上記記事には気になることも書かれていました。
上場廃止に反対する個人株主と外国の機関投資家がいて、
そのために東証が上場廃止に慎重になったというのです。
しかし、株主が上場廃止に反対するのは当然です。
その時点における具体的株主の利益だけを考えていたら、
上場廃止は常にできないことになってしまいます。
しかし、何があっても上場廃止はできないということになれば、
市場の信頼の確保はできず、投資家全体の利益も損なわれます。
ときには泣いて馬謖を斬ることがなければなりません。

また、今回の判断に不透明さがつきまとっていることも
気になります。
上記記事によると、上場廃止の可能性が浮上した際、
金融分野で影響力を持つある民主党議員が、東京証券取引所や
金融庁・証券等監視委員会の幹部に連絡を取ったそうです。
また、斎藤惇東証社長がオリンパスに対して第三者委員会の
設置を求めたともあります。このことは、第三者委員会を
設置して適正な処分をすれば上場維持がありえることを
示唆したとも受け取れます。

堀江氏は、今回の上場維持の判断ついて、ライブドアの場合と
比べて不公平であると批判しています。
堀江氏でなくとも、インサイダーに対しては甘く、
アウトサイダーに対しては厳しいとの批判がありえそうです。

外国人投資家が、日本の上場株式の4分の1を保有する一方で、
国内の個人投資家が株式に投資しない状況が続いています。
外国人投資家を逃がさず、個人投資家を呼び込むためにも
上場廃止基準の運用は透明であるべきでしょう。

上場廃止基準の今後の運用を見守りたいと思います。

中国、スゴイ?それとも、コワイ?

今朝の日本経済新聞の「経営の視点」というコラムから引用します。

「軍の技術者が始めた華為は、創業25年で売上高が
2兆5000億円。スウェーデンのエリクソンに次ぐ
世界第2の通信機器メーカーに成長した。
売上高の7割以上をアフリカなど海外が占める。」

この記載から、中国の経済と技術が急速に進歩していることだけでなく、
中国の国家戦略が成功していることも読みとれます。

中国は、国家戦略として、何十年も前からアフリカとの関係を重視しています。
過去において有名だったのは、タンザニアとザンビアを結ぶタンザン鉄道が
中国の援助によって建設されたことですが、近年で有名なのは
エチオピアの携帯通信網建設の事例です。
建設したのは華為ではなく、中興通訊(ZTE)ですが、その建設の資金は
中国国家開発銀行からの融資によってまかなわれました。
華為のアフリカに対する売上が伸びている背景には、中国のこのような
国家戦略があったわけです。

このように中国のすさまじいまでの勢いを感じさせる記事がある一方で
本日の日経新聞朝刊には次のような記事も載っていました。

中国の刑事訴訟法が15年ぶりに改正されるという記事なのですが、
問題はその内容です。
改正のポイントは次のとおりとその記事は伝えています。

・容疑者に自白を強要しない
・不法な証拠は排除
・容疑者と弁護士の接見を容認
・適正な取り調べが実現するよう、監督を強化
・死刑判決の再審査手続きを明確化
・国家安全やテロにかかわる容疑者は特定の場所で拘束

容疑者に自白を強要しない旨改正するってことは、今までの
刑事訴訟法はどうなっていたのですか?

中国という国は、いろいろな意味でオソロシイ国ですね。


P8021137

オリンパスを訴えますか?

東京地検特捜部が、法人としてのオリンパスを金融商品取引法(以下
「金商法」といいます。)違反(有価証券報告書の虚偽記載)の罪で
起訴する方針を固めたもようだと日本経済新聞が伝えています。

そうなると改めて検討したくなるのが、オリンパスの投資家に対する
民事上の責任です。
有価証券報告書の虚偽記載に関して、金商法21条の2は、
概要次のとおり定めています。

有価証券報告書等のうちの重要な事項について、虚偽の記載があるときは、
当該書類の提出者(上場会社)は、上場株式を募集又は売出しによらないで
取得した者に対し、一定の限度内において、虚偽記載により生じた損害を
賠償する責めに任ずる。

報道では、オリンパスの過去の経営者の個人責任に焦点が当てられていますが、
実は、オリンパスという法人そのものも、投資家に対して民事上の責任を負う
可能性があるわけです。
言い換えると、一連の騒動の前からオリンパスの株式を保有していた投資家は、
株価下落によって生じた損害の賠償をオリンパスに対して求めることができる
可能性があるわけです。

オリンパスが平成23年12月14日に関東財務局長に提出した
「有価証券報告書の訂正報告書」を見てみましょう。
同訂正報告書は、平成23年6月29日付有価証券報告書を訂正していますが、
同訂正報告書は、次の影響があるとしています。

「連結貸借対照表では、当社は訂正機関期首(平成18年4月1日)において、
ファンドを連結することにより、当該損失117,298百万円の金額を期首利益剰余金から
減額しています。また、貸借対照表では同期首において、「関係会社投資」に対する
損失見込額117,914百万円を期首剰余金から減額しています。」

上場会社が、有価証券報告書の虚偽記載について、損害賠償責任を負うのは、
上述の通り、「有価証券報告書等のうちの重要な事項について、虚偽の記載があるとき」ですが、
これだけの影響があるのであれば、この要件は満たされている可能性が
かなりあるのではないかと考えていました。
法人としてのオリンパスが金商違反(有価証券報告書の虚偽記載)の罪で
起訴された場合には、この要件が満たされていると認定される可能性が
高くなるものと思われます。
同罪もまた、重要な事項について、虚偽の記載がある有価証券報告書が提出されたときに
成立すると規定されているからです。

ただ、本件では、賠償を求めることができる損害の額について、金商法21条の2第2項の
推定規定をどれだけ活用できるかという技術的な問題が残されています。
株価の推移をみると、平成23年10月半ばに株価が大幅に下落しています。
ウッドフォード氏に関するフィナンシャル・タイムズの報道を契機に株価が下落しているわけです。
このタイミングが「虚偽記載等の事実の公表」に当たると言えれば、当該下落によって生じた
損失のかなりの部分が賠償されるべき「損害」に当たると言えることになりそうです。
逆に当たらないとすると、平成23年11月8日のオリンパスによる「過去の損失計上先送りに
関するお知らせ」以降の時点を基準点として「損害」を算定することになる可能性があり、
その場合、賠償額は小さくなってしまうでしょう。
この点に関しては、ライブドア株式期間投資家訴訟控訴審判決(平成21年12月16日東京高裁
第20民事部判決 金融・商事判例1332号7頁)等を参考にして検討することになると思います。
(なお、金商法21条の2第2項を利用せずに他の方法で損害を算定して、賠償を
請求する方法もありますが、その点の検討は今回省略します。)

さて、このように、オリンパスに対して、損害賠償を求めることができる可能性がありますし、
今回の動きによって、その可能性が高まったと考えられます。
ですから、投資家としては、損害賠償請求訴訟の提起を検討する価値が十分にあると思います。
ただ、商事法務1846号14頁で近藤光男教授が、次のとおり述べている問題点が、この件には
ありそうです。

「発行者に多額の損害賠償責任が認められることは、その反面、発行者の企業価値を損ね、
このような請求をしていない他の株主の負担となることは否定できない。」

それでもあなたはオリンパスを訴えますか?

Googleが便利すぎてヤバイ

アニメ「千と千尋の神隠し」では、主人公の千尋が
名前を奪われて、風呂屋を経営している魔女に
支配されてしまいます。
他にも、他人・他存在の「真の名」を知ることが
その者を支配することに繋がるとする物語は数多く存在します。

ところで、Googleの新プライバシー・ポリシーが問題視されているようです。
なぜでしょうか。

Googleの新プライバシー・ポリシーが、何を目的としたものかを
確認します。
私の理解では、ユーザーがGoogleの様々なサービスを利用した際に
Googleが取得した情報を、個々のユーザーの名前に結び付けて一つに
集約し、利用することを可能にするものです。
これにより、将来は、例えばこのようなことが可能になると思われます。

今日は日曜日だ、少し散歩をしよう。
お腹がすいたな。
でもこの近所にどういう店があるのかわからない。
どこに行けばいいのだろう。
と思ったら、スマホにさっそくこの近所に私好みの
レストランがあることを伝える広告が送られてきたぞ。
入ってみた。
おいしかった~

一人一人の嗜好、その時の居場所等のすべての情報をGoogleが把握して、
その人がその時に最も欲するであろう情報を的確に送ってくれる
ようになる可能性があるわけです。
そういうサービスが実現したら、好みの店を選ぶ手間が省けるし、
外れの店に入ってしまいがっかりすることもなくなるでしょう。
非常に便利ですね。

でも、便利というだけでいいのでしょうか。
というのが、今回の話だと思います。

考えてみると、私なんかは、自分がどういう好みを持っているか
さほど自覚していません。
また、過去に何を買ったか、何を食べたのかなんてことは、
すぐに忘れてしまいます。
ところが、生活全般をGoogleのサービスに依存するようになると、
Googleは私の生活全般の情報を集めるようになります。
そして、けっして忘れません。
Googleは、私自身よりも、私のことを把握している存在になるということです。
いわば、Googleが私の知らない私の「真の名」を知るということです。

ふらふら散歩して、昼時になったら、ちょうど好みのレストランの広告が
スマホに届いた。
その店で食事をした。
満足した。

得ているものは明確です。面倒な情報収集が必要なくなりますし、
失敗のリスクも小さくなります。
では、失ったものは何でしょうか。
それは、偶然性であり、実質的な選択の自由だと思います。
偶然性にさらされつつ、自らの責任で選択をし、
失敗する自由です。

野生の動物は自由ですが、常に危険に囲まれて生きています。
自由とはリスクを伴うものです。
それに対して、家畜は危険からは逃れることができていますが、
自由はありません。

私が、Googleが提供するサービスを全面的に享受するようになった時、
それでも私には主体性が残っていると言えるのでしょうか。

自由、偶然性、主体性と引き換えに必然性と快楽を得る。
これは是か非か。
Googleの新プライバシー・ポリシーの問題の本質は、
こういうことだと思います。
さて、あなたはどちらを選びますか?


私?
私は読まずにOKボタンを押してしまったような、、、

量子コンピュータが10年後には実用化される?

量子コンピュータの実用化は、遥か未来の話だとばかり思っていました。
数年ほど前に東大の古澤研究室が行っている実験をテレビでみたのですが、
本当に基礎的な実験を繰り返している段階だったからです。
ところが、IBM Researchが28日に発表したものを読むと、
2009年以降急速に開発が進んだそうです。
なんでも、10~15年後くらいには量子コンピュータが実用化される
可能性がでてきたとか。
なんだかワクワクしてきますね。
ただ、かなり大きなものになりそうだということなので、
まずはNSAあたりで暗号解読に使われることになるのでしょう。
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大久保宏昭

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