破産における相殺禁止

破産における相殺禁止に関する最高裁判決が、
平成24年5月28日に言い渡されています。
第一審判決は大阪地方裁判所平成20年10月31日判決
判例タイムズ1292号294頁、原判決は大阪高等裁判所
平成21年5月27日判決金融法務事情1878号46頁だと
思います。

事案の概要は次のとおりです。
①銀行が、当座勘定契約を締結し、預金の預け入れを受けている
事業会社の買掛金債務等につき、当該事業会社からの
委託を受けずに、債権者との間で根保証契約を締結した。
②その後当該事業会社につき破産手続が開始された。
③破産手続開始後に当該銀行は、当該買掛金債務等に
ついて代位弁済をした。
④当該銀行は、当該事業会社に対し、上記代位弁済によって
取得した事後求償権と預金債務とをそれぞれ対等額で
相殺するとの意思表示をした。

委託を受けずに根保証契約を締結している点が、ナゾです。
といっても怪しい銀行ではなく、メガバンクの1つです。
複数の事業会社について、根保証契約を締結していますし、
どうやら債権者から対価を得ていたようでもありますので、
新しいビジネスモデルということだったのかもしれません。

さて、破産法67条1項は、原則として、破産手続開始時に
おいて破産者に対して債務を負担する破産債権者による
相殺を認めています。
その一方で、破産債権者間の公平・平等という観点から、
一定の場合には、相殺が禁止されています。
同法71条1項1号がその一例です。

本件では、委託を受けない保証人が主債務者の破産手続
開始後に取得した事後求償権を自動債権として相殺することが
認められるか否かが問題となりました。
要するに、破産法67条1項が適用され相殺できるのか、それとも
同法71条1項1号が適用され相殺できないのかということです。

この点に関し、原判決は次の通り相殺を認めました。

「破産法72条1項1号の準用又は類推適用により、本件各相殺が
禁止されるか。
保証債務を履行したことにより取得する事後求償権と、上記履行により
代位行使が可能になる原債権とは別個の権利であるから、被控訴人が
本件各保証契約に基づく保証債務を履行したことにより取得した
事後求償権は、破産者の破産手続開始後に取得した他人の
破産債権には当たらず、破産法72条1項1号の適用を受けない。
また、同号にいう取得とは、将来の請求権の場合には、将来の
請求権の現実化ではなく、現実化する前の将来の請求権を取得する
ことをいうと解されるところ、被控訴人が将来の請求権としての
事後求償権を主と取得したのは、破産者の破産手続開始前の
本件各保証契約の締結によってであると解すべきであるから、
同号を準用又は類推適用することもできないというべきである。」

ところが、最高裁は次の通り相殺は許されないとしました。

「破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始前に債務者である破産者
の委託を受けて保証契約を締結し,同手続開始後に弁済をして求償権を取得した場
合には,この求償権を自働債権とする相殺は,破産債権についての債権者の公平・
平等な扱いを基本原則とする破産手続の下においても,他の破産債権者が容認すべ
きものであり,同相殺に対する期待は,破産法67条によって保護される合理的な
ものである。しかし,無委託保証人が破産者の破産手続開始前に締結した保証契約
に基づき同手続開始後に弁済をして求償権を取得した場合についてみると,この求
償権を自働債権とする相殺を認めることは,破産者の意思や法定の原因とは無関係
に破産手続において優先的に取り扱われる債権が作出されることを認めるに等しい
ものということができ,この場合における相殺に対する期待を,委託を受けて保証
契約を締結した場合と同様に解することは困難というべきである。
そして,無委託保証人が上記の求償権を自働債権としてする相殺は,破産手続開
始後に,破産者の意思に基づくことなく破産手続上破産債権を行使する者が入れ替
わった結果相殺適状が生ずる点において,破産者に対して債務を負担する者が,破
産手続開始後に他人の債権を譲り受けて相殺適状を作出した上同債権を自働債権と
してする相殺に類似し,破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則
とする破産手続上許容し難い点において,破産法72条1項1号が禁ずる相殺と異
なるところはない。
そうすると,無委託保証人が主たる債務者の破産手続開始前に締結した保証契約
に基づき同手続開始後に弁済をした場合において,保証人が取得する求償権を自働
債権とし,主たる債務者である破産者が保証人に対して有する債権を受働債権とす
る相殺は,破産法72条1項1号の類推適用により許されないと解するのが相当で
ある。」

本件で興味深いのは、裁判官の補足意見です。結論を出すまでの悩みが
伝わってきます。特に以下の文章が面白いですね。メガバンク相手だと
ここまで気を使うのかという気がします。

「受働債権の存在ないしはそれと破産開始後事後求償権との相殺を
前提とする無委託保証が慣行として定着していることは全くうかがわれず、
また、将来、例えば、預金等を取り扱う金融機関(預金保険法2条1項、
2項参照)が今後この業務に積極的に算入するという傾向も看取され得ない。
受働債権との相殺を前提としないと、その業務の遂行を困難にさせ、
あるいは業界の発展を妨げるとは思われず、また、この相殺を否定することが
債務者の資金調達ないしは与信機会の拡大を著しく妨げることになるという
ような事態もにわかに考え難いところである。」

「無委託保証契約を締結した金融機関等が、主債務者に破産手続が
開始された後に保証債務を弁済して事後求償権を取得したとしても、
破産法72条1項1号の類推適用により、破産者に対する(預金)債務との
相殺処理は許されないとすることは、無委託保証のビジネス自体を阻害する
のではないかが問題となろう。しかし、無委託保証人は、今後、このように
相殺処理が許されないことを前提にして、債権者から取得する対価を
あらかじめ相応の価格に設定することは可能であり、また、そもそも、
本件のように、預金債権が当座預金債権である場合には、預金額には
日々増減があり、特に倒産時には相殺等の対象として利用できる程度の
額が残存しているかは予想し難いところであろうから、上記相殺処理を
禁止することが無委託保証ビジネス自体を阻害することになるおそれは
ないものと思われる。」
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プライベートブランド商品と下請法

プライベートブランド商品とは、小売業者が企画し、
独自のブランドで販売する商品です。
宣伝費用をかけず、卸売業者を通さないために
安く売ることができるのが売りで、近年大幅に
売上を伸ばしているようです。

ただ、このプライベートブランド商品、下請法の
「製造委託」に該当することを見落としたことにより、
公正取引委員会の勧告対象となる事例が発生しているようです。

平成24年4月4日付け公正取引委員会事務総長定例
会見記録の一部を引用します。

「平成23年度,公正取引委員会は,下請法の違反行為に対して
18件の勧告を行いましたが,下請法違反事件の傾向をみますと,
先週勧告を行いました100円ショップで知られる日用品等の
小売業者など,卸売業者・小売業者に対する勧告が増加して
おりまして,平成23年度の勧告事件18件中10件が
卸売業者・小売業者や生協に対するものになっております。
 この卸売業者・小売業者や生協が他の会社に自社の
プライベートブランド商品,いわゆるPB商品の製造を
委託したときには,下請法の規制対象となるわけですが,
近年では,卸売業や小売業におけるPB商品の取扱いが
増えている一方で,PB商品の製造委託取引が下請法の適用を
受ける取引であるということが,まだ十分に浸透していない
ということも,ここ数年の勧告件数の増加につながっている理由の
1つではないかと考えております。」

下請法の適用があると、正当な理由なく、受領を拒否したり、
代金を減額したりすることが禁止され、違反行為があった場合には
勧告の対象となりえます。
ですから、発注後に発注の一部を取り消したり、単価を引き下げると
勧告を受ける可能性があるわけです。
もちろん、どんな場合であっても、一旦発注した以上、発注量を減らすことが
できない、値引きが許されないというわけではありません。
慎重にということです。

河本準一氏騒動について考えたこと

先週一騒動になっていた河本準一氏の問題ですが、
同氏を擁護するつもりはまったくありません。
ただ、勧善懲悪の場面であればあるはずのスッキリ感が
まったくなく、むしろモヤモヤしたものが心に残っています。

どのあたりにモヤモヤを感じるのか、少し考えてみたところ、
次のキーワードに思い至りました。

①倫理・法律
②個人・家族
③権利・恩恵

まず、倫理・法律ですが、河本氏が違法行為を行ったという
話は、今のところ聞いておりません。
倫理に反するということのようです。
税金の話なので、逆に税金徴収のことで考えてみるとどうでしょう。
脱税は違法ですが、節税は合法です。
時に違法スレスレの節税策というものもありますが、合法であれば、
国家権力から罰を受けることはありません。
もし、今回の件が、単なる倫理違反なのだとしたら、国会議員が
出てくる場面ではないような気がします。
国会議員が一国民の倫理違反を問題にするような社会というのは、
息が詰まります。
もともとマスコミが報じた問題だったと聞いていますから、
河本氏が社会的非難を受けるのを静観するのが良かったの
ではないでしょうか。

次に個人・家族ですが、日本の法制度は基本的に個人主義の
建前をとっています。夫婦の財産すら、原則として、別々の
財産と考えられています。
そして、そのような個人主義の考え方が、国民の意識にも
かなり浸透してきています。
ところが、親族に関しては、互いに助け合う義務があるとされており、
生活保護法も保護に優先して親族が助けるべきとしています。
親族の助けが得られない、またはそれでは十分ではない場合に
限って保護するという建前なわけです。
しかし、このような制度は、もしかすると、すでに国民の考え方と
ズレが生じてきているかもしれません。
保護を求める前に親族の助けを求めろ、親族が助けろと言われても、
現代の家族関係では難しい場面が多々ありそうです。

最後に権利・恩恵です。生活保護の直接の根拠は生活保護法ですが、
これは憲法25条を具体化したものと言われています。
憲法25条は生存権を規定した条文です。
とすると、生活保護の要件を満たした人は、生活保護を受ける権利を
有しているということになるはずですが、さてそういう意識は浸透している
でしょうか。
どうも権利というよりは、恩恵、施しであって、自ら生活保護を
求める人間は、図々しい人間であるという意識が社会一般にあるような
気がします。
だからこそ、ここまで叩かれたのではないでしょうか。

繰り返しますが、河本氏に同情する気持ちはまったくありません。
ただ、一連の騒動について、何かひっかかるものを感じたので、
ちょっと考えてみた次第です。

ギリシャ問題について、いい加減に考えてみる

再選挙が近いギリシャですが、緊縮財政に反対している
ギリシャ国民は、その一方でユーロ圏への残留を
望んでいると伝えられています。
財政緊縮策を順守しなければ、ユーロ離脱の可能性が
高くなるのですから、矛盾しているようにも見えます。
しかし、EUによる無条件の救済を求めているのだと
考えれば、上記ギリシャ国民の考えは矛盾しません。

無論、他国からすれば、許されざる「甘え」と映る考えでは
あるでしょう。
しかし、本当に「甘え」と片付けられるのでしょうか。

これが、国内の問題だったらどうでしょう。
たとえば、北海道には、北海道開発局を通して
毎年5000億円程度の国家予算が投入されています。
これを完全に廃止せよという意見は聞いたことがありません。
ギリシャでは、25歳未満の失業率が50%を超えているそうです。
ギリシャは人口1000万人程度の小国です。
EUが一つの国であったとしたら、1つの県程度のものです。
豊かな地方がある一方で、ある県の失業率が50%を超えている
状態になっていたら、当然に国家予算がその貧しい県に投入される
でしょうし、有権者もそのことに異を唱えないでしょう。

思うに、ギリシャ国民は、EUに参加し、ユーロ圏に入ったことで
いわばEU国という国の国民になったつもりでいたのではないでしょうか。
そして、困っている時には助けてもらえて当たり前だと思っていたのでは
ないでしょうか。
しかし、ドイツ国民の方は、同じ国民になったつもりはまったくなく、
自分たちが払った税金が他国救済のために無条件で使われていいとは、
まったく考えていなかった。
そういうことなのではないでしょうか。

EUというものが、何を目指したものであり、どういうものなのか、
その意識のズレが生み出した「甘え」という気がします。

海賊版ダウンロードに罰則適用?

海賊版のダウンロードは、すでに違法とされていますが、
罰則の適用はまだありません。
そこで、著作権法を改正して、罰則を適用すべきとする
意見が以前よりありました。
今国会に、そのような改正案が提出されるかもしれないと
報じられています。

違法ダウンロードに「2年以下の懲役または200万円
以下の罰金」を科す法案を政府が提出する著作権法
改正案(DVDのコピーを規制する案など)を修正する形で、
自公両党が議員提案するというのです。

この案に対して、複数の弁護士が懸念の意を表明しています。
私もあまり賛成できません。
過度の規制は、インターネットがもたらしている文化の発展を
阻害してしまうと考えるからです。

音楽業界等の事情もわからないではないですが、
角を矯めて牛を殺すの愚をおかすべきではありません。
著作権法の目的は、文化の発展であるということを
思い出した方が良いと思います。

facebookのIPOに関して、集団訴訟(クラスアクション)が提起されました

本日の日経新聞朝刊に「フェイスブック株急失速」との記事が
掲載されていたと思ったら、アメリカではすでに訴訟が提起されて
いました。

以下、プレスリリースの一部を引用します。

May 23, 2012 – Robbins Geller Rudman & Dowd LLP (“Robbins Geller”) (http://www.rgrdlaw.com/cases/facebook/)today announced that
a class action has been commenced in the United States District Court
for the Southern District of New York on behalf of purchasers
of Facebook, Inc. (“Facebook”) (NASDAQ:FB) common stock
pursuant and/or traceable to the Company’s May 18, 2012
initial public offering (the “IPO”).

上記日経新聞記事では、「収益予想を修正しながら公開価格を引き上げる。
こんなことは絶対に許されない。」と米運用大手、Tロウ・プライスの
運用担当者の発言が紹介されています。
ごもっともですが、それで即座に訴訟が起きるのは、アメリカならではですね。

地熱発電の将来性

以下の再生可能エネルギーの1キロワット時当たりの
予定調達価格を見ると、大規模な地熱発電のコストが
太陽光発電よりは、かなり低いことが分かります。

・太陽光                     42.00円
・風力 (20kW以上)             23.10円
・風力 (20kW未満)             57.75円
・水力 (1,000kW以上30,000kW未満)25.20円
・水力 (200kW以上1,000kW未満)   30.45円
・水力 (200kW未満)            35.70円
・地熱 (15,000kW以上)         27.30円
・地熱 (15,000kW未満)         42.00円
・バイオマス(メタン発酵ガス化発電)       40.95円
・バイオマス(未利用木材燃焼発電)        33.60円
・バイオマス(一般木材等燃焼発電)        25.20円
・バイオマス(廃棄物(木質以外)燃焼発電)    17.85円
・バイオマス(リサイクル木材燃焼発電)      13.65円

となると、地熱発電の発展に期待したくなるところですが、
自然公園及び温泉業者の問題が壁になりそうだと、誰でも
考えると思います。
ずばりその点に関する記事がWEDGEという雑誌に載っていましたので、
読んでみました。

日本の地熱資源の約8割は国立公園などの自然公園地域内にあり、
地熱発電は規制され続けてきたようですが、その点は、最近になって
変わりつつあるようです。
ただ、温泉業者の反対があると、地熱発電所の建設が進まないのは
今も変わらないようです。
そして、地熱発電には、さらに掘ってみないと蒸気量がわからないという
開発リスクと時間とともに蒸気量が減少するために3年に1度程度
新たに補充井を掘削しなければならないという問題点もあるようです。

以上まとめると、①自然公園、②温泉業者の反対、③開発リスク、
④蒸気の減衰という問題点が、地熱発電には、あるということになります。

ただ、これらの問題があったとしても、太陽光発電よりは、将来性が
あるように思います。
①と②は政治的に解決する方法がありそうです。また、③、④は
地熱発電所の建設費が安くなれば、あまり問題にならなくなりそうです。
まったくの素人考えですが、地熱発電所をモジュール化して、
個々の地熱発電所の建設費は極めて安くなるようにできないものでしょうか。
むろん、最初にモジュール化するための開発費は必要です。
しかし、地熱発電所を多数建設すると、政府が決断すれば、開発費は
なんとかなるのではないでしょうか。

日本にはかなりの地熱資源があるらしいので、地熱発電には
将来性があるように思います。

電気料金の値上げは、独禁法違反か

東京電力が大口顧客の電気料金を引き上げ始めたことについて、
川口商工会議所等が、優越的地位の濫用に当るとして公正取引委員会に
申告書を提出したと報じられています。
川口商工会議所が提出した申告書は、これですね。

優越的地位の濫用がどういうものかは、独禁法2条9項5号において
規定されています。
ただ、抽象的規定なので、公正取引委員会が公表している「優越的地位の濫用に
関する独禁法上の考え方」
(「考え方」)を手がかりにして
当該引き上げが優越的地位の濫用に当るか否かを考えてみます。

「考え方」は、次のとおり、述べています。

「取引上の地位が相手方に優越している事業者が、取引の相手方に対し、一方的
に、著しく低い対価又は著しく高い対価での取引を要請する場合であって、当該
取引の相手方が、今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざる
を得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり、
優越的地位の濫用として問題となる。
この判断に当たっては、対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行わ
れたかどうか等の対価の決定方法のほか、他の取引の相手方の対価と比べて差別
的であるかどうか、取引の相手方の仕入価格を下回るものであるかどうか、通常
の購入価格又は販売価格との乖離の状況、取引の対象となる商品又は役務の需給
関係等を勘案して総合的に判断する。」

さて、東京電力が、「取引上の地位が相手方に優越している事業者」に当るとは、
容易に言えそうな気がします。
また、「一方的に」の要件に当てはまるケースもかなりありそうです。
ただ、「著しく高い対価」というのはどうでしょう。
特定の事業者に対してのみ高値を押し付けているというわけではありませんし、
東京電力が巨額の赤字を計上していることからすると、なかなか認められそうに
ないと思います。

では、この申告にはどのような意味があるのでしょうか。
本来の原則からすれば、東京電力は、値上げに応じない顧客に対する
電力供給を止めることができるはずです。
しかし、現在の状況では、東京電力としては、そう簡単に電力供給を
止めることはできません。
そこをさらに、独禁法違反と揺さぶりをかけることによって、値上げに
応じないまま電力供給を続けさせようということなのかもしれません。
もちろん、私には真相は分かりませんが。

ハリウッド映画的人物

ロケットの話題の続きです。

昨日の日経新聞の記事ですが、世界の主な大型ロケットの
紹介の中で、異様な色彩を放っていたのは、スペースX社の
ファルコン9です。
打ち上げ能力はH2Aとほぼ同じでありながら、打ち上げコストは
H2Aの半分程度というのですから、衝撃的な安さです。

でも、そもそもスペースX社というのはどういう会社なのでしょうか。
聞いたことがありません。
こういう時に便利なのが、ウィキペディアです。
引用します。

「スペース・エクスポラレーション・テクノロジース、通称スペースX
(英: Space Exploration Technologies Corporation、SpaceX)は、
ロケット・宇宙船の開発・打ち上げといった宇宙輸送(商業軌道
輸送サービス)を業務とするアメリカ合衆国の企業である。
2002年にインターネットベンチャー企業PayPalの創設者、
イーロン・マスクにより設立された。」

PayPalは利用したことがありますので、知っていましたが、
イーロン・マスクという人物は知りません。
そこで、イーロン・マスクの項目を見てみると、

「イーロン・マスク(Elon Musk, 1971年6月28日 - )は、
南アフリカ共和国・プレトリア出身のアメリカの起業家であり、
スペースX社の共同設立者およびCEOである。PayPal社の
前身であるX.com社を1999年に設立した人物でもある。」

とあります。
さらに、テスラモーターズのCEOであるとも書いてあります。
なんと、あの画期的な電気自動車テスラ・ロードスターの
メーカーのCEOでもあったのです。



ハリウッド映画の中では、天才技術者が会社を設立して
画期的な製品、たとえばロボットを製造し、あっというまに
世界を変えてしまうという話がよく出てきます。
ネット関連の企業ではありえても、機械関連の分野では無理な話で、
所詮は絵空事だと勝手に思っていました。
しかし、自動車やロケットという、普通に考えれば、巨大資本、
巨大組織がなければ作れない物を、この人は、作ってしまっています。

なぜこのようなことが可能となっているのか、スペースX社の履歴を
見てみると、次のように成長してきたことが分かります。

①2002年6月にイーロン・マスクが設立した。
②イーロン・マスクはこの事業に1億ドルの私財を投じ、2005年11月には
 160名の社員を抱える企業になった。
③2005年に米空軍と契約。
④2006年にはNASAと契約。
⑤2008年9月28日にファルコン1ロケットが周回軌道に到達。
⑥2010年6月4日にファルコン9ロケットが周回軌道に到達。



注目すべきは、外国出身で、ネット企業で一発当てた若者が
設立した企業に、一流のロケット開発技術者が多数就職し、
まだ一回も打ち上げに成功していない段階で、軍やNASAが
契約を締結しているところです。

宇宙関連の予算の大幅な削減という背景があったからこそ、
ロケット打ち上げコストの大幅な削減を旗印としたベンチャー企業に
技術者が転職し、軍やNASAが契約を締結したのだと思いますが、
やはり日本社会との違いを意識せざるを得ません。

人と人との信頼関係ですが、実は、見知らぬ人を信頼する度合いは、
アメリカの方が、日本よりも高いということが社会心理学の実験から
分かっています。
アメリカは契約社会と言われることが多いのですが、それは
人的な信頼関係が薄いからだと解釈されがちです。
しかし、少し考えてみれば分かることだと思いますが、
信頼できない相手と契約することはありません。
見知らぬ人であってもある程度は信頼するという前提があって、
契約を締結するわけです。
そして、きっちりとした契約を締結できるのであれば、無名の相手とで
あっても取引をするというのが、アメリカ流です。

だからこそ、アメリカでは、起業家、投資家、法律家が連繋して、
次々と新企業を産み出すことが可能になっているのだと思います。
日本の現状について、私はまったく無知ですが、こういう連携が
日本でも可能になれば、民間人でも社会を変えていくことができそうです。

コモディティ化するロケット

これも今朝の日経新聞ですが、H2Aロケットに
関する記事が載っていました。
商業衛星の打ち上げ市場への参入を狙っているが、
市場において大きなシェアを占めるアリアンスペース
(欧州)、フルニチェフ(ロシア)と比べて、打ち上げコストが
かなり高いことが、参入実現への大きな壁になっているそうです。

一昔前は、ロケットといえば、どこの国でも軍事と
直結し、コストをある程度度外視した開発が行われて
いました。
最先端技術を開発し、できるだけ大きく、そして打ち上げ
成功率の高いロケットの開発が進められていたのです。

ところが今や、大型ロケットであり、打ち上げが成功するのは
当たり前、問題はコストという時代に突入してしまいました。

つい先日も朝鮮のロケット(ミサイル)のことで大騒ぎしていましたが、
先進国では、もはやロケットはコモディティ化してしまったということでしょう。
ロケットすらコモディティ化してしまった今の世の中、
「技術」だけで稼ぐのは、難しくなる一方のようです。

不思議の国タイ

2006年にタクシン元首相を追放した軍事クーデターの中心人物
ソンティ・ブンヤラッタグリン氏のインタビュー記事が日経新聞の
朝刊に載っていました。
ソンティ氏は、現在、国会議員であり、「和解特別委員会」の
委員長を務めてるそうです。

インタビュー記事は、その委員会が、タクシン元首相の恩赦を提言したと
伝えています。
昨年、タクシン派が総選挙で勝利したことは記憶に新しいところです。
政権を奪還すれば、普通の国の政治であれば、復讐が始まるところですが、
タイは違うようです。

そもそも、クーデター直後にタクシン元首相からソンティ氏宛に
「心配するな」という電話があり、その後も「帰国したら、
一緒にラウンドできるな」と電話で話しかけられたというのですから、
タイの人間関係は難解です。
クーデター自体も無血のものでしたから、よほど決定的な対立を
嫌う人々なのでしょう。

なのに、度々クーデターが起き、ソンティ氏によれば、今後も
起こりえるというのですから、不思議な国ですね。

コンプガチャに関する消費者庁の考え方が公表されました

平成24年5月18日、消費者庁が「「カード合わせ」に関する景品表示法
(景品規制)上の考え方の公表及び景品表示法の運用基準の改正に
関するパブリックコメントについて」
と題する書面を公表しました。

当該書面において、消費者庁は、「「コンプガチャ」は、異なる種類の
符票の特定の組合せを提示させる方法に該当し、懸賞景品制限告示
第5項で禁止される景品類の提供行為に当る場合があります。」と
しています。

ところで、先日、コンプガチャで提供されるいわゆるアイテムは、データであり、
「景品類」該当性について、若干疑問があると書きました。
この点について、消費者庁は、次のとおり述べています。

「「コンプガチャ」で提供されるアイテム等は、オンラインゲーム上で
敵と戦うキャラクターであったり、プレーヤーの分身となるキャラクター
(いわゆる「アバター」と呼ばれるものです。)が仮想空間上で住む部屋を
飾るためのアイテムであったりと、様々ですが、いずれにしても、
それによって消費者が、オンラインゲーム上で敵と戦うとか仮想空間上の
部屋を飾るといった何らかの便益等の提供を受けることができるものである
ことから、「便益、労務その他の役務」(前期4(1)ア参照)に当ります。」

「便益、労務その他の役務」に当るから、「景品類」に当るというのです。
さて、「便益、労務その他の役務」という文言ですが、「役務」という言葉は、
通常サービスという意味で用いられています。
データのような無形資産がサービスに含まれるというのは、若干違和感があります。
また、データそのものが「便益」に当るというもの、不自然な気がします。
ここで消費者庁の説明をもう一度よく読んでみますと、アイテムそのものが
便益に当ると言っているのではなく、アイテムによって何らかの便益の提供を
受けることができるから「便益、労務その他の役務」に当ると言っていることに
気づきます。
しかし、およそ経済的価値のあるものであれば、そこから何らかの便益の提供を
受けることができると思われますので、この考え方を取ると、「便益、労務
その他の役務」という文言は「その他一切の~」といった包括的条項に
類似した文言となってしまうことになりそうです。
これってどうなんでしょう?

今回、消費者庁は告示に関する上記解釈を前提として、景品表示法の
運用基準の改正という形で、コンプガチャを実質的に禁止しようとしていますが、
告示の改正という方法をとった方が、分かりやすかったように思います。

社外取締役選任義務付けに関する議論

会社法制の見直しの議論が行われる中で社外取締役選任の
義務付けが議論され、経済産業省の研究会においても
社外役員が議論のテーマとなるなど、社外取締役のあり方が、
ホットな話題となっております。

旬刊商事法務の最新号(No.1965)に関連する論文が
いくつか載っていました。
それらを読んだ感想です。

まず、落合誠一教授の論文ですが、社外取締役の選任を
義務付けるべきとする根拠が、次のとおり、明快に書かれています。

①取締役会の基本的役割は経営者の監督であるとする考え方が
世界の事実上の標準となっている。
②経営者の監督を基本的役割とする取締役会を実現するためには、
取締役が経営者から独立していなければならない。
③経営者から独立していると言えるためには、重要な取引先であってはいけない。
また、業務執行はしない者でなければならない。
④経営者を監督するためには、経営者を解任できなければならず、独立性のある
取締役が過半数を占めなければならない。

非常に明快ですが、この考え方を実現しようとすると、会社制度の
抜本的改革となります。
その場合、監査役制度との整合性が問題となりそうです。
そう考えると、法制審議会会社法制部会の中間試案の問題点も見えてきます。
中間試案は全体としての会社制度を選択するような形では
示されていません。個別の項目に関する改正案を単にまとめた内容と
なっています。
本来は、全体として公正で効率的な組織となるように制度を設計すべきでしょう。
しかし、中間試案のようなアプローチでは、全体としてすっきりした制度に
なるよう改正することはあまり期待できそうにありません。

次に、座談会の方ですが、大和住銀投信投資顧問の蔵本運用企画部長の発言が
興味深かったです。
以下、同氏の発言の一部を引用します。

「日本の上場企業に対して、内外の投資家が一番不満に思っているのは、
とにもかくにも経営成果です。ROE、一株当たりの利益も、過去15年~20年で
みてもほとんど増えていないという点に最大の不満があります。」

「剰余金処分権限を株主総会から取締役会に授権する定款変更をする事例が
一時期はやりました。この場合には、当社では、独立社外取締役が
選任されていない企業への授権は基本的に反対しました。配当政策は
ファイナンス的にいえば資本政策の裏返しです。ですから、最適な資本政策を
株主の観点から考えて自分たちで決めてくれるのならいいですけれども、
そのような観点が入らないまま「取締役会が決めるから任せてね」と
いわれても、それは「お任せします」とはいい難い」

「投資家からみた不満ということで申し上げると、先ほども少し申し上げましたが、
不祥事が海外に比べて多い点を問題視しているわけではなくて、業績や
資本政策があまりに株主にとってフレンドリーではないという点に不満が
あるわけですから、この問題に答える権限を持つ人はやはり法的には
取締役しかいないだろうと。たとえば、こういうタイミングでこのような
増資スキームでやると、株主共同の利益を損なうからやめたほうがいいのでは
ないのかというのは、厳密にいえばやはり妥当性監査の部分なので、
そのようなことに対する問題提起をするという意味では、取締役権限を
持った人を選んでいただいたほうがすっきりするのではないかなという気がします。」

「(外国人株主の持ち株比率が高く社外取締役を選任している)以外の企業で
経済的なパフォーマンスも高原状態に入っているような企業に、実は
お金、内部留保というのはたまりやすい傾向にあるのではないかと思います。
新しい事業投資は要らないのに安定したキャッシュ・カウ事業があるので。
そういう会社からいかに、人と物とお金を、成長企業に回る仕組みをつくるのか
という意味では、ある大学の先生が仰っているのですが、自発的に動く
200社~300社にとっては迷惑な話だけれども、残り千何百社に刺激を
与えるという意味では、義務化は社会全体でみるとプラスの効用となる、
そういう見方もあり得ると思います。」

社外取締役の選任を義務付けることの現実的必要性が明確に示されています。
ただ、社外取締役と株主還元に関しては、林順一「株主還元と社外取締役の
関係分析に関する一考察」
のように、社外取締役がいる方が、株主に対する
還元が減少する傾向があるとの研究も存在します。
ですから、社外取締役の選任を義務付けることによって、株主還元という
目的が達成できるかどうかはわかりません。
このあたりが、制度問題の難しさだと思います。

論究ジュリスト01号

かつては月2回刊行されていた「ジュリスト」という雑誌が
ビジネス・ローを中心に扱う「ジュリスト」と学術的な話題を
中心に扱う「論究ジュリスト」に分かれました。
「ジュリスト」は月刊誌、「論究ジュリスト」の方は季刊誌と
いうことになっているようですが、「論究ジュリスト」を良く見ると、
「ジュリスト増刊」と書いてあります。
たぶん、雑誌コードの関係上、そうなっているのだと思います。
ちなみに「論究ジュリスト」01号の裏表紙に「雑誌 60797-23」と
書いてあるのが、雑誌コードです。

さて、01号の中身ですが、憲法に関する最高裁判例を読み直すという
特集が組まれています。
残念ながら、私の興味からは若干外れる内容でした。
ただ、安念潤司教授は、相変わらず面白いことを書いています。
一部を引用します。

「日本の憲法学者は、総じて左翼あるいはリベラルと相場が
決まっているようであるが(この点は、憲法訴訟論の原産国である
アメリカも御同様である)、そのリベラルなるものは、彼(女)らの
ムラのなかの符牒の類であろうと思われる。自由が嫌いな点で、
彼(女)らもまた、忠良なる帝国臣民たるの資格を失わない。
ロースクールだの裁判員裁判などといった統制色の強い制度の
導入を、彼(女)らは挙って歓呼の声で迎えたからである。
なかには、裁判員たることによって公民として陶冶されるなどと
曰う御仁まで出現したやに聞く。いやはや、時ならぬ国民精神
総動員運動(「精動」)の再来である。彼(女)らにしてなお
リベラルであり得るならば、卒業式に教員が実際に君が代を
歌っているか口の動きまで点検したとかいう、かの上方の
校長先生にもリベラルたる資格が十分にあろう。」

上記は、注から引用したものですが、本文の方も面白かったです。


論究ジュリスト(2012年春号) 1 (ジュリスト増刊)

立川明日香氏の勝ち目

埼玉県新座市の市議選で当選したものの、公職選挙法で
定められた要件を満たしてなかったとして、当選が無効とされた
立川明日香氏が、不服を申し立てたと伝えられています。

公職選挙法を確認してみましょう。
選挙権に関し、同法9条2項は次のとおり定めています。
「日本国民たる年齢満二十年以上の者で引き続き三箇月以上市町村の
区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の
議員及び長の選挙権を有する。」
そして、同法10条5号は次の者に被選挙権があるとしています。
「市町村の議会の議員についてはその選挙権を有する者で
年齢満二十五年以上のもの」
三箇月以上市町村の区域内に住所を有する者でない場合には、
市議会議員としての被選挙権がないわけです。

この要件に関しては、次の判例が存在します。
「公職選挙法上においても一定の場所を住所と認定するについては、
その者の住所とする意思だけでは足りず客観的に生活の本拠たる
実体を必要とするものと解すべき」(最判昭和32年9月13日)

ですから、新座市の区域内において、3ヶ月以上、
生活の本拠たる実体が存在したと言えなければ、
被選挙権がないということになり、一旦当選したとしても
その当選は無効になってしまうわけです。

ご本人、生活の本拠たる実体はあった、水道や電気のメータが
回っていなかったのは、水道も電気も使わずに生活していたからに
すぎないと主張されているようですが、当選後は水道も電気も
使っているんですよね。
同一人物のライフスタイルが当選前と当選後でそんなに変わることが
ありえるのか、この点を上手く説明できないと立川氏の主張は
認められないでしょう。

小沢一郎氏事件控訴の理由

小沢氏が被告人となっている事件ですが、なぜ控訴されたのでしょうか。
その理由を制度の面から確認してみます。

まず、検察審査会の目的から確認します。
検察審査会法1条は次のとおり、述べています。
「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため、
政令で定める地方裁判所及び地方裁判所支部の所在地に
検察審査会を置く。」
検察審査会は、公訴権の実行に関し民意を反映させて
その適正を図ることを目的としているわけです。

次に小沢氏が起訴されたときの経緯ですが、
検察審査会が起訴議決をし、その議決書の謄本の
送付を受けた裁判所が、控訴の提起及びその維持に
当る弁護士を指定し、その指定された弁護士(「指定弁護士」)が
公訴を提起しました。
その際、指定弁護士には起訴するか否かの裁量権は
まったくありませんでした。
起訴するか否かについて、現行法は、専門家の判断よりも
検察審査会の議決を優先することにしているわけです。
検察審査会というのは、くじで選ばれた検察審査員によって
構成される合議体ですから、その限度で民意を専門家の判断に
優先させていることになります。

ただ、民意を優先させるといっても、検察審査会法が、
「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため」と
公訴権の適正化を目的としていることを忘れてはなりません。
公訴権の行使が適正であるためには、全国的になるべく統一的に、
かつ、公平に行使される必要があります。ですから、起訴すべきか
否かの基準は、検察官が処分を決定する場合も、検察審査会が
議決をする場合も、基本的に同一であるべきです。
検察審査会は、そのような基準に基づいて、起訴議決をするか
否かを判断しなければならないのであって、そのために審査補助員という
制度も設けられているのだと考えられます。

ところで、前述のとおり、起訴の段階では、指定弁護士に
起訴すべきか否かの悩みはありません。
制度上、裁量権が一切与えられていないからです。
ところが、控訴については、特段の制度が設けられておらず、
控訴の判断は指定弁護士に委ねられているようです。
そうなると、指定弁護士としては、二つの考え方の間を
揺れ動くことになると思います。
一つは、検察審査会の議決を尊重して、原則として、
控訴するべきという考えです。
専門家の判断よりも民意を尊重すべきという現行の
検察審査会法が採用していると思われる考え方から
このような考えがでてきます。
もう一つは、検察官が控訴するか否かを判断するのと
同様の基準で控訴を判断するという考えです。
これも現行法が、公訴権の実行の適正を図ることを
目的としていることから出てくる考えです。

このうちどちらの考え方が正しいかですが、私は
後者の考え方の方が正しいと思います。
なぜならば、検察審査会の議決は、裁判開始前のものに
すぎず、その後の状況を踏まえたものではないので、
これに拘束力を認めるべきではないし、検察審査会法の
究極的な目的は民意の反映ではなく、公訴権の適正化に
あると考えるからです。

ただ、指定弁護士の立場に立つと、そうは言っても、
検察審査会において示された「民意」の重みを無視できないと
思います。
その結果が、今回の控訴なのではないでしょうか。

鈴木博毅「「超」入門失敗の本質」

「失敗の本質」という本から何を学ぶべきかを説いた
入門書ということのようです。

戦略に関して述べられた箇所が、一番印象的でした。
戦略の失敗は戦術で補えないという基本から始まり、
戦略とは「指標」追いかける指標のことであるという
主張に続いて、イノベーションを創造する三ステップが
説明されています。

ステップ①戦場の勝敗を支配している「既存の指標」を発見する
ステップ②敵が使いこなしている指標を「無効化」する
ステップ③支配的だった指標を凌駕する「新たな指標」で戦う

分かりやすく、示唆にとんだ指摘がなされている良書だと
思いました。


「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ

橘玲「(日本人)」

現代社会を「個人」として生き抜くための方法を提示し続けてきた
ユニークな作家の最新作です。
面白かったのは、次の箇所です。

「ハシズムの批判者たちはなぜ、わずか一四〇文字の
ツイッターでいとも簡単に撃沈していくのだろうか。」

「ハシズム=ネオリベは、旧来の社会制度を擁護する
オールドリベラルや保守派・伝統主義者からの批判には
即座に完璧に反論できる。
これは橋下市長が法律家で弁が立つからではなく、
批判者がローカルなルールに固執するのに対し、
ネオリベが世界思想だからだ。
ネオリベとしてのハシズムの本質は、市場原理主義
(競争の促進)、小さな政府(民営化と行政・公務員制度改革)、
統治の徹底(法の支配)にある。これらはどれも、「福祉国家の
破綻」という現実を見据え、四〇年以上にわたって世界最高の
知性(その多くがアメリカの経済学者)が議論した末に生まれた
実践的な経済政策だ。橋下市長のツィートの背後には、
膨大な知の集積があるのだ。
「世界思想」としてのネオリベは、リアリズム(福祉国家は
破綻している)とグローバルな正義(法の支配)によって、
既存勢力のあらゆる批判に反撃することができる。
しかしじつは、ネオリベのほんとうの凄みは別のところにある。
ネオリベは、あらゆる建設的な批判を包摂してしまうのだ。」

「これはネオリベが価値自由な功利主義だからで、行き詰った
福祉国家を改革する提案が複数あれば、それらを比較検討した
うえでもっとも費用隊効果の高いものを採用すればいい。
「維新八策」が非現実的だと嘲笑する声もあるが、これは
ネオリベの懐の深さを見誤っている。ハシズムの欠点を指摘する
批判はすべて包摂され、より完成度の高い政策へと”進化”するのを
助けることになるのだ。」


(日本人)

古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち」

「現代の若者の生活満足度や幸福度は、ここ四〇年間の
中で一番高いことが、様々な調査から明らかになっている。」

という言葉から始まり、

「戻るべき「あの頃」もないし、目の前に問題は山積みだし、
未来に「希望」なんてない。だけど、現状にそこまで不満が
あるわけじゃない。なんとなく幸せで、なんとなく不安。
そんな時代を僕たちは生きていく。
絶望の国の、幸福な「若者」として。」

という言葉で締めくくられている本ですが、皮肉を利かせた
言葉が光っています。

たとえば、こんな感じ。

「言論人や知識人と呼ばれる人がしきりに叫ぶ。「三・一一から
世界は変わってしまった」と。「もう三・一一前の日本には戻れない」と。
どうも既視感のある光景だと思ったら、二〇〇一年九月一一日に
起こったアメリカ同時多発テロの後の言論人たちの騒ぎもこんな
感じだった。今回のようなテンションで、みんな「九・一一で世界が
変わったと熱く語っていたのだ。
しかし、ある日を境に「世界が変わる」なんてことはあり得るのだろうか。」

「尾木ママはさらに「日本は終わってしまったんです」とまで言い切り、
危機感を煽る。本書を読んできた人には、反論する価値もないとわかる
尾木ママの妄想だが、尾木に限らず何かあると「日本が終わる」とか
「日本が崩壊する」と言い出す人がいる。
だが果たして「日本が終わる」とはどのような状態を指すのだろうか。」

絶望の国の幸福な若者たち

コンプガチャその後

先日書きましたとおり、コンプガチャが「カード合わせ」に
当るとの見解には疑問があります。
ところが、松原仁消費者担当大臣が記者会見で
景表法違反の可能性があると述べたとたん、
ゲーム会社は一斉にコンプガチャ打ち切りの意向を
表明しました。

これはしかたがないことだと思います。

景表法は、景品類の制限及び禁止に関し、具体的な規制内容の
決定権を内閣総理大臣に委ねてしまっています。
そこで、具体的な規制内容は告示によって定められています。
そのため、現在は規制対象となっていないとしても、
政府が規制すると決断してしまえば、告示を改正して規制対象と
することができてしまうのです。

今回の件、ゲーム会社側が、「カード合わせ」には当らないはずだと
反論すると、では告示を改正するということになってしまうかもしれません。
しかも告示を改正して新たにコンプガチャを規制対象とする
という流れが一旦できてしまえば、いっそのことアイテム課金全般を
規制してしまえということになりかねません。
マスコミも煽り立てるでしょうから、コンプガチャの問題、
景表法違反の問題では済まなくなる可能性があるわけです。
そうなってしまえば、ゲーム会社の存亡に関わります。

ですから、ゲーム会社としては、本格的議論が起きる前に
自主規制(?)せざるを得なくなったのだと思います。

A・V・バナジー&E・デュフロ「貧乏人の経済学」

経済政策に関する実験は事実上不可能と言われていました。
実験が不可能ということは、検証が困難ということです。
貧困対策の政策も検証が十分なされないまま行われ、
その結果、三つのI、無知ignorance、イデオロギーideology、
惰性inertiaによって、失敗し続けてきたと著者たちは述べています。

著者たちは、実験を行って検証すべきだと主張しています。
経済政策についても実験は可能だったようです。
著者たちが実際に行っている実験は、ランダム化比較試験と呼ばれるものです。
似たような複数の村をランダムに選び、ある村では特定の政策を実施し、
他の村では実施しないでおいて、有意な差が生まれるかどうか比較するという
実験です。

そういった実験の結果等を踏まえつつ、著者たちは、たとえば次のような事実を
発見したとしています。

①地方に住む極貧層は、全消費額のうちの36%から79%しか食べ物に使わない。
インドのマハラシュトラ州の最貧層でも、出費総額が1%増加しても食費総額は
0.67%しか増加しなかった。
しかも、食費の増加のうちの半分しかカロリー増加には使われない。
残りは、よりおいしいものを買うことに使われた。

②家族の人数が多いことによる子供の教育への不利な影響はない。

③マイクロファイナンスによる融資が行われるようになった地域では、
起業の確率が高くなり、大型耐久財を買う人も多くなった。
一方で、劇的な人生の変化は特に見られず、教育や保険への支出は
増えないし、子供が私立学校に通う比率などにも変化は生じなかった。

これら意外とも思える事実について、著者たちは、行動経済学の手法等も
利用しつつ、なぜそうなるのか説明してくれます。
説明を読む前は、不思議と思えたのが、説明を読んだ後だと当たり前の
こととしか思えません。
「目から鱗が落ちた。」と言いたくなる本です。

印象的だった箇所を引用します。

「モロッコの辺鄙な村で出会ったオウカ・ムバルブクに、もっとお金があったら
何をするか尋ねました。答えは、もっと食べ物を買うというものでした。
ではさらにお金があったら何をするか尋ねました。彼はもっと美味しいものを
買うと答えました。わたしたちは彼とその一家をひどく気の毒に思い始めた
のですが、そのとき座っていた部屋にテレビ、パラボラアンテナ、そして
DVDプレーヤーがあることに気づいたのです。もし家族の食べ物が足りないと
感じているなら、なぜそういうものを買ったのか尋ねてみました。
彼は笑ってこう言うのです。「いや、だってテレビは食べ物より大事でしょ!」」

その先は、買って読んでみて下さい。


貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える

コンプリートガチャ騒動

GWで書き込みをお休みしている間に、ソーシャルゲームを
巡って、一騒動あったようです。

もはや日本のビジネス界でゲームと言えば、グリーやDeNAが話題の
中心となっていて、任天堂やソニーは巨額の損失といった面でしか
話題にならなくなっています。

そのグリーやDeNAが提供しているゲームがソーシャルゲームと
言われるものですが、ソーシャルゲームの課金は通常
アイテム課金という仕組みによって行われています。
ゲームをプレイするだけなら無料ですが、ゲーム内で使う
アイテムは有料で販売されており、そのアイテムの売上が
ゲーム会社の売上になるという仕組みです。

ところで、そのアイテム課金の一種として、コンプリートガチャというものが
あるそうです(詳しくは知りませんが)。
カプセルトイ(ガチャ)のようにランダムに販売されているアイテムを
購入し、揃える(コンプリート)ことで希少アイテムを入手できるシステムの
ようです。

そのコンプリートガチャについて、読売新聞が、次の通り報じてから
騒動が始まりました。

「携帯電話で遊べる「グリー」や「モバゲー」などのソーシャルゲームの
高額課金問題をめぐり、消費者庁は、特定のカードをそろえると
希少アイテムが当たる「コンプリート(コンプ)ガチャ」と呼ばれる
商法について景品表示法で禁じる懸賞に当たると判断、近く見解を公表する。
同庁は業界団体を通じ、ゲーム会社にこの手法を中止するよう要請し、
会社側が応じない場合は、景表法の措置命令を出す方針。」

グリーやDeNAにとって、コンプリートガチャは大きな収益源となっていたようで、
両社の株価がストップ安になる騒ぎになっています。

では、コンプリートガチャのどこが、景品表示法違反となるのでしょうか。
消費者庁の見解について、産経新聞が、次の通り、踏み込んだ報道をしています。

「消費者庁は希少アイテムが景品表示法で制限されている懸賞に当たると判断。
提供する際に複数アイテムの組み合わせを条件としていることについて、
同法が禁じる「カード合わせ」に該当するとしている。」

「カード合わせ」については、「懸賞による景品類の提供に関する事項の制限」
(「懸賞制限告示」)第5項が、次のとおり規制しています。

「二以上の種類の文字、絵、符号等を表示した符票のうち、異なる種類の符票の
特定の組合せを提示させる方法を用いた懸賞による景品類の提供は、
してはならない。」

規制されてしまったので、最近は見かけなくなってしまい、イメージがつかみ
にくくなっていますが、キャラメルなどの箱の中にカードがランダムに入っていて、
何枚かカードを揃えると景品がもらえるという商法が流行ったことがあるそうです。
これ、似たようなことをしたがある人はすぐに分かると思いますが、最初のうちは
どんどん揃っていくのですが、最後の数枚を見つけるのが大変なんです。
しかもそこまで集めたのだから、なかなか諦められない。
そこで、なんとか手に入れようとして、お菓子を買いまくることになります。
当然、業者はそれを狙っているわけです。
ビックリマンチョコのときにも問題になりましたが、カード目当てにお菓子を食べずに
買いまくる子供まで出てきて、規制されるようになりました。

規制の理由は、①子供向けの商品に利用されるものであること、②子供の射幸心を
そそるものであること、③すぐに当る可能性があるように錯覚させる方法であり、
方法自体に欺瞞性があることの3つであると言われています。

ここまで読むとお分かりと思いますが、上記キャラメル商法は、
コンプリートガチャの仕組みと非常に似ています。
コンプリートガチャでアイテムを購入した人は、最後の数個のアイテムを
揃えようとして、結局、大金を使うはめになるわけです。
ですから、この規制をコンプリートガチャに適用しようという発想は分かります。
ただ、若干分からない点もあります。
コンプリートガチャでは、アイテムを購入し、何種類かのアイテムを揃えて
希少アイテムを手に入れようとするわけですが、ここでいうアイテムとは
コンピュータ上のデータでしかないはずです(たぶん)。
たしかに画面上、画像として表示されますので、アイテムが、「文字、絵、符号等を
表示した符票」に当るとは言えると思います。
しかし、希少アイテムは「景品類」に当るのでしょうか。
景表法上の「景品類」は、「不当景品類及び不当表示防止法第二条の規定
により景品類及び表示を指定する件」により、次のとおり、定義されています。

顧客を誘引するための手段として、方法のいかんを問わず、事業者が自己の供給す
る商品又は役務の取引に附随して相手方に提供する物品、金銭その他の
経済上の利益であつて、次に掲げるものをいう。
①物品及び土地、建物その他の工作物
②金銭、金券、預金証書、当せん金附証票及び公社債、株券、商品券その他の有価証券
③きよう応(映画,演劇,スポーツ、旅行その他の催物等への招待又は優待を含む。)
④便益、労務その他の役務

これに当らないものは、「景品類」には当たらないわけです。
コンプリートガチャが、「二以上の種類の文字、絵、符号等を表示した符票のうち、
異なる種類の符票の特定の組合せを提示させる方法を用いた懸賞による景品類の提供は、
してはならない。」(懸賞制限告示第5項)に違反していると言う以上、
アイテムを揃えるともらえる希少アイテムが、「景品類」に当ると判断していることになると
思いますが、希少アイテムが、①~④のどれかに当るのか、私には良く分かりません。
「物品」?
どうも、しっくりきません。
例えば、意匠法の「物品」は、有体物である動産で、独立性、定型性を有するものと
解されています。
会社法15条の「物品」も無形財産を含まないと解されているようです。
もちろん、意匠法、会社法と景表法は違う法律ですから、景表法上の「物品」については
違った考え方をとることも可能です。
しかし、そうはいっても単なるデータを「物品」に当るというのは、普通に考えると、
少々むずかしいような気がします。
「便益」に当ると考えるのでしょうか?

消費者庁が報道否定などという報道もありますし、このあたりどうなんでしょう?
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大久保宏昭

Author:大久保宏昭
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