「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会調査報告書

「すき家」を経営する株式会社ゼンショーホールディングスが、労働環境改善に関する提言を求めて第三者委員会を設置していたところ、本日、同委員会より調査報告書が提出され、その内容が公表されました。

「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会調査報告書

労働環境改善に関する提言を求めるために、弁護士を中心とする第三者委員会を設置し、日本弁護士連合会の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠した調査をなしたという面白いケースです。
高い離職率、長時間の残業時間及び労働基準監督署から受けた是正勧告書の数等あまり知られたくないはずのデータも載っておりますし、一人勤務体制等批判を浴びていた労働状況についても赤裸々に述べられています。
また、過重労働を含む劣悪な労働環境を生じさせた原因は経営幹部にあったとしています。

思い切った報告書を公表したなというのが、率直な感想です。
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専門家の判断 vs. 一般市民の判断

 検察官が懲役10年を求刑したところ、裁判員を含む裁判体が懲役15年を言い渡したという裁判員裁判に関する最高裁判決の話題です。

平成25(あ)689 傷害致死被告事件 平成26年07月24日 最高裁判所第一小法廷 判決

 ところで、刑罰は公共の福祉(憲法12条)の名の下人権を制限するものであり、科刑は公共の福祉と人権のバランスに係る問題です。量刑の決定もまた人権問題ということになりますから、民衆の多数決に基づいて判断するのではなく、専門家(裁判官)によって構成される専門機関(裁判所)が理性に基づいて判断すべき事項と考えられてきました。
 そして、量刑判断が理性に基づく判断と言えるためには、裁判例の積み重ねによって生み出された量刑傾向を無視することは許されません。理性に基づく判断と言えるためには、量刑要素が客観的に適切に評価され、結果の公平性を損なわないものでなければならないところ、量刑傾向を無視して、結果の公平性を実現することはできませんし、量刑傾向を無視した判断は、量刑要素を客観的に適切に評価したとはみなされないからです。

 このように、従来は、量刑に関しては、専門家が量刑傾向を考量しつつ判断するのが当然と考えられてきました。しかし、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」により、一般市民を刑事訴訟手続きに関与させる裁判員制度が導入されました。同法1条は、「国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する」としています。そもそも刑法の根底には人間の感情が存在すると言われています(マーサ・ヌスバウム「感情と法」参照。)。ですから、理性のみで量刑を適正に判断することは原理的に不可能であり、健全な感情、健全な常識もまた必要です。健全な感情、健全な常識から遊離した判断は国民の支持を得られないでしょう。そして、国民の支持を得られない判断をもたらす司法制度はその存在意義を問われることになってしまいます。そこで、健全な感情、健全な常識の担い手として、一般市民を刑事訴訟手続きに関与させること自体は許されると考えられます。

 一般市民が参加した裁判体の判断は、専門家のみによって構成される裁判体の判断とは自ずと異なるものになると考えられます。この点、最高裁判所は次のとおり述べています。

「裁判員制度は、刑事裁判に国民の視点を入れるために導入された。したがって、量刑に関しても、裁判員裁判導入前の先例の集積結果に相応の変容を与えることがあり得ることは当然に想定されていたということができる。その意味では、裁判員裁判において、それが導入される前の量刑傾向を厳密に調査・分析することは求められていないし、ましてや、これに従うことまで求められているわけではない。」

 ただ、繰り返しますが、量刑の問題は人権問題であり、理性に基づいて判断すべき事項であって、量刑傾向を無視することは許されません。そこで、最高裁判所は次のとおり述べています。

「しかし、裁判員裁判といえども、他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないことはいうまでもなく、評議に当たっては、これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で、これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められているというべきである。」
「これまでの傾向を変容させる意図を持って量刑を行うことも、裁判員裁判の役割として直ちに否定されるものではない。しかし、そうした量刑判断が公平性の観点からも是認できるものであるためには、従来の量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在について、裁判体の判断が具体的、説得的に判示されるべきである。」

 そして、最高裁判所は、次のとおり、結論付けています。

「これまでの量刑の傾向から踏み出し、公益の代表者である検察官の懲役10年という求刑を大幅に超える懲役15年という量刑をすることについて、具体的、説得的な根拠が示されているとはいい難い。その結果、本件第1審は、甚だしく不当な量刑判断に至ったものというほかない。」

 これだけでも裁判員裁判に対して、かなり否定的な印象を受けますが、白木勇裁判官の補足意見は、さらに踏み込んで次のとおり述べています。

「量刑は裁判体の健全な裁量によって決せられるものであるが、裁判体の直観によって決めればよいのではなく、客観的な合理性を有するものでなければならない。このことは、裁判員裁判であろうとなかろうと変わるところはない。裁判員裁判を担当する裁判官としては、量刑に関する判例や文献等を参考にしながら、量刑評議の在り方について日頃から研究し、考えを深めておく必要があろう。評議に臨んでは、個別の事案に則して判断に必要な事項を裁判員にていねいに説明し、その理解を得て量刑評議を進めていく必要がある。(中略)量刑判断の客観的合理性を確保するため、裁判官としては、評議において、当該事案の法定刑をベースにした上、参考となるおおまかな量刑の傾向を紹介し、裁判体全員の共通の認識とした上で評議を進めるべきであり、併せて、裁判員に対し、同種事案においてどのような要素を考慮して量刑判断が行われてきたか、あるいは、そうした量刑の傾向がなぜ、どのような意味で出発点となるべきなのかといった事情を適切に説明する必要がある。」

 つまるところ、裁判官主導で量刑評議を進めるべきであり、専門家である裁判官がするのと同程度に客観的合理性のある量刑判断をなすべきであって、素人的な直観的判断は許されないということなのでしょう。しかし、法律家としてのトレーニングを積んでいない一般市民の判断は直観的判断になりがちですし、一般市民が健全な感情、健全な常識の担い手として期待されているのであれば、ある程度直観的な判断が斟酌されるべきはずです。一般市民の直観的判断を専門家である裁判官が封じ込めるべきなのだとすれば、一般市民を刑事訴訟手続に関与させる必要がそもそもあったのかという疑問が湧いてきます。

 裁判員制度は、導入に直接関わった人たちが引退した後、廃止される運命にあるのかもしれません。

DNA鑑定と親子関係

DNA鑑定の結果を証拠として、親子関係不存在の確認の訴えをもって父子関係の存否を争うことはできないとする二つの最高裁判決が平成26年7月17日に言い渡されました。

以前書いたことがあったと思いますが、もう一度この判決の背景を説明します。

母の婚姻中に懐胎された子については、母の夫が父と推定されます(民法772条1項)。この推定によって成立した父子関係を否定するには、原則として、嫡出否認の制度(民法774条以下)を用いなければなりません。ところが、嫡出否認の訴えは、父と推定される夫のみが提起でき、しかも子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならないという厳しい制限が課されています。
このように嫡出否認制度の利用が制限されているのは、家庭平和を維持し、子の地位を早期に確定するためと言われています。

ただ、制限が厳しすぎ、あまりにも常識から外れた結果をもたらすとして、判例上、民法772条1項の推定が及ばない子という類型が認められるようになりました。この「推定の及ばない子」に当たる場合には、嫡出否認の手続きを経ることなく、親子関係の不存在を主張することができるのです。

ただ、どのような子がこの「推定の及ばない子」に当たるのかという点については、いくつかの考え方があります。

一つは、外観説と呼ばれるもので、夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われていたとか、遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在し、民法772条の推定を及ぼすべき状況にないことが外的に明白である場合における子がこれに当たるとする考え方です。

そして、もう一つは、DNA鑑定等の結果からみて、血縁上の親子でないことが明確である場合の子がこれに当たるとするとする血縁説です。

他にもいくつか説がありますが、上記外観説が判例・通説とされていて、今回の最高裁判決もこの外観説を採用しました。

ただ、判決を読むと、裁判官たちの悩みが伝わってきます。

たとえば、櫻井龍子裁判官は補足意見において次のとおり述べています。
「親子関係に関する規律は、公の秩序に関わる国の基本的な枠組みに関する問題であり、旧来の規定が社会の実情に沿わないものとなっているというのであれば、その解決は、裁判所において個別の具体的事案の解決として行うのではなく、国民の意識、子の福祉(子がその出自を知ることの利益も含む。)、プライバシー等に関する妻の側の利益、科学技術の進歩や生殖補助医療の進展、DNA検査等の証拠としての取扱い方法、養子制度や相続制度等との調整など諸般の事情を踏まえ、立法政策の問題として検討されるべきであると考える。」

DNA鑑定のような生物科学的手法をまったく想定していなかった現行制度の綻びを解釈によって繕うことはもう限界にきているのかもしれません。

辻村みよ子・長谷部恭男編「憲法理論の再創造」

論文集ですが、石川健治教授の「アプレ・ゲール、アヴァン・ゲール」が特に興味深い論文でした。

下記引用部分、つまるところ、戦後憲法学は軍隊(=自衛隊)に呪いをかけ続けることにより、軍事力を統制してきた、その呪いの副作用として、日本の言説空間は歪み、自由な発言ができなくなっていると述べているのですから、穏やかではありません。

「安全保障をめぐる仮言的な政策論議は、政治部門の担当であって、学説の仕事ではない。有無をいわさぬ定言的な正義の主張だけが、政治的社会的多数者の選択を覆すtrumpとしての資格を有しているから、そうした観点からの、国家行為について正統性の賦与剥奪を行う作業が、戦後憲法学説の課題にならざるを得なかった。そのようにして、国防というカテゴリー自体が正統性を剥奪された結果としての、言説空間の歪みこそ、国防論者が戦後の「タブー」として排撃するものの正体である。」

「平和主義論による正統性剥奪によってしか、軍事力統制を遂行する手だてが日本社会にないのであれば、言語行為としての憲法学説が、コードとしての「戦後」に固執することは、何ら矛盾ではない。」

「そうした「社会的機能分担」に枠づけられた憲法的ディスクールは、しかし、閉塞感や退嬰感を伴うものであったことは否定できない。これは、それ自体、「言葉狩り」にほかならず、評論家江藤淳らが告発する戦後の「禁忌」として、多くの人間の「自由な」表現活動を抑圧している。」

憲法理論の再創造憲法理論の再創造
(2011/03/16)
不明

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「密約文書」不開示に関する最高裁判決

沖縄返還時に日米両政府が交わしたとされる密約文書の不開示決定に関する最高裁判決が言い渡されました。
平成26年07月14日 最高裁判所第二小法廷 判決
「本件上告を棄却する。」、すなわち、不開示決定の取り消しは認められないというのが結論です。

最高裁判所の判決の骨子は次のようなものです。

情報公開法に基づく開示請求権が問題とされているところ、同法3条は、「当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。」としているので、行政機関がその行政文書を保有していることが開示請求権の成立要件となる。
そこで、不開示決定の取消しを求める者が、不開示決定時において行政機関がその行政文書を保有していたことにつき、主張立証責任を負う。

行政機関の側で当該行政文書を保有していないことを立証することは極めて困難です。
そこで、この抽象的判断自体はやむを得ないと思います。

また、判決理由の後半、沖縄返還交渉の過程で作成されたはずの密約文書が、不開示決定時において、外務省及び財務省によって保有されていたことを推認することはできないという判断も、司法という観点からは、やむを得ないように思います。
外務省の有識者委員会が2010年に当該文書は見つからなかったとの調査結果を公表しております。
つまるところ、どうせ廃棄してしまっているだろうし、廃棄してしまったものを開示させることは不可能だということになります。

ただ、政治的問題として捉えると、そもそも廃棄してしまった蓋然性があることそのものが大問題です。
公文書の廃棄を許さない仕組みづくりをより一層進める必要があると思います。

モノ・データ・サービス

本日の日経新聞に、電子書籍サービス停止に伴うトラブルに関する記事が掲載されていました。
一旦購入した電子書籍はずっと読めると思っていたところ、読めなくなった。法的には問題ないと言われても、消費者は納得できないという話です。

電子書籍を「購入」した場合、モノを買ったのではないとしても、データを購入したのであるから、そのデータを永続的に利用できるはずだと消費者が考えるのは理解できなくはありません。
しかし、実際には書籍の閲読を可能とするサービス利用契約を締結したにすぎず、サービス停止とともに書籍を閲読できなくなる場合があるということなのでしょう。(電子書籍関連の契約内容を確認したわけではなく、記事を読んだ限りでの憶測にすぎませんが。)

サービス停止とともに閲読不可能になるのであれば、データの売買ではなくサービスの提供であるということを強調しておくべきなのかもしれません。
ただ、あまり強調しすぎると、電子書籍を購入する人がいなくなりそうですね。

民法改正案

法制審議会-民法(債権関係)部会第93回会議(平成26年7月8日開催)の議事録等が公表されています。
民法(債権関係)改正に関する要綱案の内容がそろそろ固まってきたようです。


法制審議会民法(債権関係)部会第93回会議(平成26年7月8日開催)

平成26年度 税制改正の解説

財務省が平成26年度税制改正の解説を公表しました。

個人的な注目ポイントは、個人事業者に係る事業再生税制の創設、すなわち次の2点です。

① 個人が、破産法の免責許可の決定又は再生計画の認可の決定があった場合に債務の免除を受けたときは、免除益を総収入金額に算入しないことを法令上明確化した(本文103頁以下)。
② 青色申告書を提出する個人が、合理的な債務処理計画に基づき債務免除を受けた場合に減価償却資産等の評価損の額に相当する金額を必要経費に算入することを認めることとした(本文285頁以下)。

「朝四暮三」は効く?

牛丼を値上げして客単価を前年比で7.7%上げた「吉野家」の6月既存店売上高は前年比で2.8%減、牛丼を値下げする一方でサイドメニューを値上げして客単価を前年比で4.4%上げた「すき屋」の6月既存店売上高の前年比は4.3%増となったそうです。

「吉野家」は客単価を上げすぎたのでしょうか、それとも「朝三暮四」と「朝四暮三」は違うということに目を付けた「すき屋」の価格政策が巧みだったのでしょうか。

平均への回帰

昨日の日経新聞の「スクランブル」というコラムで、栗田昌孝氏の「ROEの呪い」と題するレポートが取り上げられていました。過去20年間の東証1部企業のROEを対象にして分析を行ったところ、高ROE企業のROEは下がりやすく、低ROE企業のROEは上がりやすいという結果が得られたそうです。

1回目の試験結果において、特別に良かった或いは特別に悪かった場合、2回目の試験結果は全体の平均値に近くなるという統計学的現象を平均への回帰といいますが、ROEに関しても、平均への回帰が生じているということになります。(ROEは企業の利益率を測る指標の一つですが、利益率の平均への回帰については、より広範な調査を大日方隆教授が行っています。調査結果は、「利益率の持続性と平均回帰」という著作にまとめられていますが、この本は第56回日経・経済図書文化賞を受賞しています。)

ところで、平均への回帰に関して、存在しない因果関係を想定してしまう誤謬が生じるということが指摘されています。
「ファスト&スローあなたの意思はどのように決まるか?」の著者ダニエル・カーネマン教授は、かつてイスラエル空軍の訓練教官に対して心理学を指導していたことがあるのですが、その際、訓練教官たちの持つ、訓練生は誉めると失敗し、叱ると成功するという経験的確信が、この誤謬によるものであることを説得するのに苦労したそうです。

誉めるということは、普段できなかったことができたということですので、誉めたか否かにかかわらず、次は失敗する可能性が高いということになります。そして、叱るということは普段できていたことができなかったということですので、叱ったか否かにかかわらず、次は成功する可能性が高いということになります。
ですから、誉めた後に失敗した、叱った後に成功したという事実だけから、誉めたから失敗した、叱ったから成功したという因果関係を推測するのは誤りです。
因果関係を適切に推測するためには、統計的検証が必要になります。
そして、検証の結果、失敗を叱るよりも能力向上を誉める方が効果的だということが判明しています。
だから、若き日のカーネマン教授は、訓練教官たちに対し、訓練生を叱るのではなく誉めるよう指導しました。
それにもかかわらず、訓練教官たちの誤謬に基づく確信はかなり強固で、説得に苦労したというのです。

平均への回帰現象というのは、当たり前のようでいて、人間にとっては理解しがたい面があるようです。


利益率の持続性と平均回帰利益率の持続性と平均回帰
(2013/03)
大日方 隆

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ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
(2014/06/20)
ダニエル・カーネマン

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社外役員等に関するガイドライン等

コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会が取りまとめた二つの文書が公表されています。

社外役員を含む非業務執行役員の役割・サポート体制等に関する中間とりまとめ

社外役員等に関するガイドライン

ざっと目を通してみましたが、政府がこんなことまで手取り足取り指導するのかというのが正直な感想です。

ルーク・ハーディング「スノーデンファイル」

米国のNSA(国家安全保障局)を中心としたエシュロンと呼ばれる世界規模の通信傍受システムが存在することはかなり前から知られていました。
そのNSAと英国のGCHQ(政府通信本部)がどのような情報収集活動をしているのか、それを昨年NSAの元職員であるエドワード・スノーデンが暴露し、世界を震撼させた事件を描いたノンフィクション作品です。

かつて憲法学者ローレンス・レッシグは次のように述べていました。

「もともと監視を目的としない技術や、限られた監視しか考えていなかった技術が、いまや堂々たる監視技術になっている。こうした技術の総和は、驚くほどの検索可能なデータを作り出す。そしてもっと重要な点として、これらの技術が成熟するにつれて、通常社会に住む一般人がこの監視から逃れる方法は基本的になくなる。検索できるデータを作るための監視は、公共空間ではデフォルトのアーキテクチャとなり、街灯なみに当たり前となるだろう。個人に結びつけるという簡単な能力から、その個人の行動や嗜好を時間ごとに知るというもっと頭の痛い能力まで、成熟しつつあるデータのインフラは、ベンサムが想像したものをはるかに上回るパノプティコンを作り出す。(略)いまやすべてを監視して、その監視の成果を検索できる。(「1984年」の)オーウェルですらこんなことは思いもよらなかった。」(ローレンス・レッシグ「CODE VERSION 2.0」290~291頁)

そして、今やこういう状態に至っているようです。

「写真からボイスメールまで、NSAは何でも盗み出せる。フェイスブックもグーグルアースもヤフーメッセンジャーもハッキングできる。特に重宝するのは、ターゲットがいつどこにいたかを教えてくれる地理データだ。全世界の携帯電話利用者の位置情報が、一日に何十億件と集められる。NSAは強力な解析システムを使ってこれらをふるいにかけ、ターゲットの「旅の相棒」を探し出す。以前はこういう仲間を知る手立てはなかった。」(本書194頁)

そういえば、私もスマホの位置提供設定を常時ONにしていますね。

スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実
(2014/05/16)
ルーク・ハーディング Luke Harding

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SIMロック解除よりも気になること

総務省ICTサービス安心・安全研究会の消費者保護ルールの見直し・充実に関するWG(第7回)において、次の文書が示されました。

消費者保護ルールの見直し・充実に関するWG中間取りまとめ(案)

参考資料を含めると59頁におよぶ文書で、言及されている事項は多岐にわたりますが、中でも話題となっているのはSIMロックの解除です。
ただ、私としては、販売奨励金等の問題点を指摘する参考資料24の以下の記載の方が気になりました。

短期間で携帯電話事業者を乗り換えるユーザ(MNP利用者※)は、長期間にわたり同一事業者で同一端末を利用する利用者と比較して、毎月の支払額(月々サポート等による割引)及び端末の購入代金相当額分(キャッシュバック)の双方において、優遇されている状況にあったとされる。
これらのコストは、長期利用ユーザが負担している通信料の一部で賄われる状況にあったことが指摘されている。
※平成25年度のMNP利用数合計は、657万件。
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