河本準一氏騒動について考えたこと

先週一騒動になっていた河本準一氏の問題ですが、
同氏を擁護するつもりはまったくありません。
ただ、勧善懲悪の場面であればあるはずのスッキリ感が
まったくなく、むしろモヤモヤしたものが心に残っています。

どのあたりにモヤモヤを感じるのか、少し考えてみたところ、
次のキーワードに思い至りました。

①倫理・法律
②個人・家族
③権利・恩恵

まず、倫理・法律ですが、河本氏が違法行為を行ったという
話は、今のところ聞いておりません。
倫理に反するということのようです。
税金の話なので、逆に税金徴収のことで考えてみるとどうでしょう。
脱税は違法ですが、節税は合法です。
時に違法スレスレの節税策というものもありますが、合法であれば、
国家権力から罰を受けることはありません。
もし、今回の件が、単なる倫理違反なのだとしたら、国会議員が
出てくる場面ではないような気がします。
国会議員が一国民の倫理違反を問題にするような社会というのは、
息が詰まります。
もともとマスコミが報じた問題だったと聞いていますから、
河本氏が社会的非難を受けるのを静観するのが良かったの
ではないでしょうか。

次に個人・家族ですが、日本の法制度は基本的に個人主義の
建前をとっています。夫婦の財産すら、原則として、別々の
財産と考えられています。
そして、そのような個人主義の考え方が、国民の意識にも
かなり浸透してきています。
ところが、親族に関しては、互いに助け合う義務があるとされており、
生活保護法も保護に優先して親族が助けるべきとしています。
親族の助けが得られない、またはそれでは十分ではない場合に
限って保護するという建前なわけです。
しかし、このような制度は、もしかすると、すでに国民の考え方と
ズレが生じてきているかもしれません。
保護を求める前に親族の助けを求めろ、親族が助けろと言われても、
現代の家族関係では難しい場面が多々ありそうです。

最後に権利・恩恵です。生活保護の直接の根拠は生活保護法ですが、
これは憲法25条を具体化したものと言われています。
憲法25条は生存権を規定した条文です。
とすると、生活保護の要件を満たした人は、生活保護を受ける権利を
有しているということになるはずですが、さてそういう意識は浸透している
でしょうか。
どうも権利というよりは、恩恵、施しであって、自ら生活保護を
求める人間は、図々しい人間であるという意識が社会一般にあるような
気がします。
だからこそ、ここまで叩かれたのではないでしょうか。

繰り返しますが、河本氏に同情する気持ちはまったくありません。
ただ、一連の騒動について、何かひっかかるものを感じたので、
ちょっと考えてみた次第です。
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