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大阪地方裁判所平成24年7月30日殺人被告事件判決

大阪市平野区で昨年7月に姉を刺殺したとして、
42歳の男性が殺人罪に問われた裁判で、
求刑の懲役16年を上回る懲役20年の
判決が言い渡されました。

裁判所は、量刑の理由として、次の事情を挙げたそうです。

「社会内で被告の受け皿が何ら用意されていない。
許される限り長期間刑務所に収容することが、社会
秩序の維持にも資する」

危ない人間だから、社会から隔離しておくべきだという
ことでしょう。

ところで、刑罰の基礎となっている考え方は、大まかに言うと、
悪いことをしてけしからんから罰するということです。
危ない人間だから、社会を防衛するために処分するという
考え方は、刑罰ではなく、保安処分の考え方です。
過去に、精神障害者や薬物中毒者について、刑罰を科す代わりに、
保安施設への強制収容を命じるという、保安処分の制度を設ける
刑法改正案が提案されたことがあります。
しかし、人権侵害の恐れがあるという批判があり、この改正案は
採用されませんでした。

本判決は、現行制度にない保安処分の考え方を取り入れて
量刑を重くしているように見えます。
ですから、専門家の間から、批判の声がかなり上がっているようです。

ただ、本判決は、裁判員裁判によるものです。
もしかすると、今の一般社会の常識では、危ない人間は隔離して
当然ということになっているのかもしれません。
1970年代には、法務省刑事局参事官が次のように述べて
いたのですが、一般社会の常識が変容しているということは
十分ありえると思います。

「行為の重大性なり行為責任の大きさなりを唯一の量刑基準とする
考え方も可能であって、一般社会人の素朴な刑法感覚からは
いまなお強い支持を得ているところといってよいであろう。」
(鈴木義男「量刑の基準」法学教室第2期3号36頁)

そして、その社会常識が、この判決文に取り入れられたのだとすると、
これからこういう判決が増えてくる可能性がありそうです。
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