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隣の邪悪さん

やっと落ち着いてきましたが、春になると他人に聞こえない音が聞こえてくる人が
近所に住んでいて、夜中に叫んだりするので困ります。
まあ、統合失調症の発病率は約1%だそうですから、極めてありふれた光景なのかもしれませんけどね。

さて、今日はM・スコット・ペック「平気でうそをつく人たち」を読みました。
平気でうそをつく邪悪な人たちのことを描いた本です。
具体的にどういう人たちかと言うと、次のような人たちです。引用します。

「真に邪悪な人間とはごくありふれた人間であり、通常は、表面的に観察するかぎりでは
普通の人間のように見えるものである。」

「邪悪な人たちの特性となっているのは、本質的には、そうした人たちの罪悪そのものではない。
彼らの罪悪の名状しがたさ、その持続性、そしてその一貫性である。これは、邪悪な人たちの
中核的な欠陥が罪悪そのものにあるのではなく、自分の罪悪を認めることを拒否することに
あるからである。」

「邪悪な人間は、自分には欠点がないと深く信じこんでいるために、世の中の人と衝突したときには、
きまって、世の中の人たちが間違っているためそうした衝突が起こるのだと考える。」

「私が邪悪のらく印を押した人たちは、慢性的に他人をスケープゴートにする人たちである。
前著「愛と心理療法」のなかで私は、悪とは「……精神的な成長を回避するために政治的な力を
行使すること―すなわち、あからさまな、または隠された強圧をもって自分の意志を他人に
押しつけること」であると定義した。言い換えるならば、邪悪な人間は、自分自身の欠陥を
直視するかわりに他人を攻撃する。」

「邪悪な人たちは、悪を破壊するために破壊的になることが多い。問題は、彼らがその悪の所在を
見誤っていることである。自分自身のなかにある病を破壊すべきであるにもかかわらず、彼らは
他人を破壊しようとする。そのため彼らは―通常は正義の名のもとに―生命を憎み、生命を
破壊することに専念することが多い。」

著者は、こういった邪悪な人たちを自己愛性パーソナリティ障害の変種であるとしつつ、
そういった人たちには次のような特徴があると整理しています。

・定常的な破壊的、責任転嫁的行動。ただしこれは、多くの場合、きわめて隠微なかたちをとる。
・通常は表面に現れないが、批判その他のかたちで加えられる自己愛の損傷にたいして
過剰な拒否反応を示す。
・立派な体面や自己像に強い関心をいだく。これはライフスタイルの安定に貢献しているものであるが、
一方ではこれが、憎しみの感情あるいは執念深い報復的動機を隠す見せかけにも貢献している。
・知的な偏屈性。これには、ストレスを受けたときの経度の統合失調症的思考の混乱が伴う。

著者のいう邪悪な人々は、病的な人々であり、例外的な人々です。
ですから、近づくのを避ければいいだけのようにも思われます。
しかし、著者は、邪悪ではない個人が集団になると容易に邪悪になる傾向があるとも警告しています。
「集団のなかの個人の役割が専門化しているときには、つねに、個人の道徳的責任が
集団の他の部分に転嫁される可能性があり、また、転嫁されがちである。そうしたかたちで
個人が自分の良心を捨て去るだけでなく、集団全体の良心が分散、希釈化され、良心が
存在しないも同然の状態となる。」からだと言うのです。
著者はその具体例として、ベトナム戦争中におけるソンミ村事件を取り上げています。
そして、虐殺事件を起こしたバーカー任務部隊だけでなく、軍隊をベトナムに送り込んだ政府、
ひいてはアメリカ国民全体の邪悪さを指摘しています。
この点においては、我々も無縁ではいられませんし、無関心ではいられません。
一例を挙げれば、東京電力を悪の帝国のように表現する論調を最近数多く見かけますが、
そこで働いている人たちは、個人としてみれば、真面目なサラリーマンのはずです。
また、原子力発電を選択してきたのは、最終的には我々国民です。

何か事件が起きると、その事件の当事者を悪と決め付けて徹底的に叩くのが
現代社会の特徴ですが、著者は次のとおり述べています。

「邪悪な人間の特性として、他人を道徳的に邪悪であると批判することがあげられる。
自身の不完全性を認識できないこうした人間は、他人を非難することによって
自分の欠陥の言い逃れをせざるをえない。また、必要とあれば正義の名において
他人を破滅させることすらこうした人間はする。これは、聖徒迫害、宗教裁判、
ナチのユダヤ人大量虐殺、ベトナム・ソンミ村事件といったものにその例を
見ることができるものである。われわれが他人を悪ときめつけるときには、
われわれ自身が別の悪を犯しているかもしれない、ということを十分意識する
必要がある。」

自分自身も容易に邪悪になりえる。
私は、この本からそのことを教わりました。


文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)
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